『朝日新聞』2009年3月23日付

教職大学院、制度に課題


学校のリーダーとなる先生を育てるため、教職大学院ができて1年になる。院生は現職教員や学部新卒者。従来の研究型の大学院と違い、事例や実践を通した授業に力を入れる。しかし、院生が確保できるかどうかは、先生を送り出す側の教育委員会が握り、院を修了しても給料や採用の優遇もない。今後、制度設計が改善されなければ、効果が上がらない可能性もある。

◆実践重視 現場で指導

静岡県伊東市の小学校で教えていた土屋和広さん(36)は、東京学芸大学の教職大学院に通った。「不登校やいじめ問題への対応、国語の教え方の改善の手がかりを得たい」と思っていた。

1年のコースで、実習と事例研究、理論を学び、指導方法や課題が見えてきたという。

いじめであれば、発生前に手を打つことの大切さを知った。そのために子どもたちの自己肯定感をふだんから高める工夫を研究した。「以前は子どもが騒いでいたら、『何やってんだ』と怒っていたが、今後はまず話を聞くなど、接し方が大きく変わると思う」。4月、土屋さんは学校に戻る。

上越教育大学(新潟県上越市)の教職大学院生が今月10日、2〜3人のグループに分かれ、1年の成果を発表した。院生が実習した連携協力校の教員や市教委関係者も多数訪れた。

ある院生3人のチームは異学年学習をテーマに週2日、小学校で行った。最初の2カ月は学校行事に参加し、授業を補助した。子どもと信頼関係をつくるためだ。その後、高学年と低学年が入り交じったさまざまな授業を10回以上試みた。効果として、子どもが学習に向かう姿勢が積極的になる、悩みや喜びが異年齢の子どもに共有できる、教師も普段と異なる組み合わせで互いに刺激になったという。

同大の場合、教員のテーマに合わせて院生のチームをつくる。そして地元教委の協力で、チームごとに協力校・施設で実習する。「現場では現職の院生が、新卒の若い院生の指導係としても機能している」と担当教授は話す。

実習に工夫をこらす大学も少なくない。福井大学は「出前方式」だ。院生が現職なら学校に勤務したまま、大学教員が2人一組で現場に出向き指導する。

授業の改善や生徒指導、学校経営などを大学側の担当者が指導するが、結果は大学に持ち帰り、反省点や課題を洗い出し、指導を深める。大学側の担当教員は「現職のリーダー的な先生は現場を離れにくい。大学から出て行き、地域に根ざす手法が求められている」と話した。

◆現職教員の確保難題

08年に学生を受け入れた教職大学院は19校。総定員706人に対して院生は631人で、定員割れの大学も少なくない。

最も定員割れが激しかったのは愛知教育大学だ。「入試が既設大学院の後になったことや、愛知県の採用試験が他県より入りやすかったため」と説明する。学部新卒者が採用試験に受かれば、そのまま就職し、大学院を素通りしてしまう。

一方で、文科省は、大学院に進んだ新卒者が修了時100%採用試験に合格するよう非公式に求めている。大学の担当者は「合格しなかった新卒者に2年後、全員合格を求めるのは難しい。それが前提だと、そもそも新卒者の受け入れに慎重にならざるをえない」と打ち明ける。

現職教員の院生の確保にも問題はある。大学院に通うため、休職する場合もあるが、多くは地元教委からの派遣に頼る。岡山県教委は現職10人を派遣した。授業料は本人負担だが、給料は支給。ただ派遣にともない、代わりの先生が必要になるため、予算に直結する。「今後も続くかどうかは予算のこともある」と県教委幹部は言う。

また、東京都のように、実習などの教育内容にも注文を出し、大学側と協定を結ぶケースもある。ただ、ある大学教員は「学力テストの点数を上げるなど教委側の要求を何でも受け入れると大学の自立性の問題とかかわる。逆に意向を尊重しないと教員派遣に影響が出るかもしれない」と心配している。(編集委員・山上浩二郎)

《解説》 教職大学院は制度設計上、あいまいな点を残したまま、スタートした。

まず、政府による予算の投入がほとんどなく発足した点だ。大学教員が増えなかったため、既存大学院の教員を回すことしかできなかった。財政難とはいえ、個人の奮闘努力に頼る教育は、いずれ、質の低下を招く恐れがある。

教職大学院は、高度な職業人の養成の場でもある。しかし、豊富な知識を得、実践を積んでも、給与体系は一般の教員と変わらない。また採用試験を受けるにしても、東京都などで1次免除などの優遇策はあるものの、多くは他の受験生と同じ扱いだ。大学院に進んでもメリットに乏しく、きちんとした制度になっていない。

教育目的もあいまいだ。「管理職・教育庁の行政職の養成」なのか、「現職への教科指導、学級経営の研修」なのか、はっきりしない。また、教育委員会から、無条件で受け入れるようになってしまえば、教委や学校の幹部登用などへの受け皿になりかねない。

日本は、教職課程を学べば、教員免許が取れる。ただ、だれでも教員になるわけでなく、質の担保は採用試験が担っているとも言える。ところが、教員に指導方法を学ばせるため塾へ派遣したり、免許がなくても学校で教えたりする「先生」も現れた。学校の教員より、免許をもたない先生の評価がいいとなれば、教員免許そのものの意義自体が問われる。

教職大学院の実践例は悪くはない。しかし、土台ともいえる教員の専門性についての合意や、教員養成全体の仕組みも合わせて考え直さなければ、有効に機能しないだろう。

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〈教職大学院〉 法科大学院などと同じ専門職大学院の一つ。専任教員の4割以上が元校長などの実務家で、修了に必要な45単位のうち、10単位以上を小中学校などの「連携協力校」での実習にあてる。2年が標準だが、1年や3年以上も可能。08年度の19校に加えて、09年度から5校が開設する。今月、教育内容などの大学運営を評価する評価機構が発足した。