『読売新聞』2009年3月18日付

本物知る教育者養成
大阪教育大学 長尾彰夫さん
教員免許の更新にも責任


関西はもとより、日本の教育を支えているといっても過言ではない。多くの教員を送り出してきた大阪教育大学は、その重大な責務を果たすため、創意工夫を積み重ねてきた。強い使命感を持ち、子どもたちと真摯(しんし)に向き合える理想の教育者は、いかにして養成されるのか。長尾彰夫学長に聞く。

(聞き手は本多宏・科学部長)


平野、天王寺、池田に開かれた師範学校の伝統を受け継ぐ柏原キャンパスは、奈良県境に近い山あいにある。最寄り駅と結ぶ長いエスカレーターも“名物”だ

――年頭のあいさつで幹部教職員に「今年はチェンジに踏み出す年」と呼びかけましたね。

国立の教育大は大きな曲がり角にあります。以前は「教員を目指すなら国立大の教育学部や教育大」が暗黙の了解でしたが、教員養成課程を卒業しても教員になれるのは全国平均で6割以下です。有力私立大も教員養成に乗り出しており、競争が激化しています。大阪教育大として、どんな教員を育てるのか、他大学との違いを出せなければ、国立大といえども生き残れない時代なのです。

――2010年度からの中期目標・中期計画では何を重視しますか。

大阪府の教育に責任を持てる大学にすることです。09年度からの教員免許更新制によって、教員の養成だけでなく、研修が加わります。天王寺キャンパスを整備し、3000人規模を受け入れる準備をしています。

――橋下徹知事が掲げる「学力向上」については。

大きな課題です。教育や学力の在り方を考える契機として、プラスに受け取るべきだと思っています。ただし、学力はテストの点数や順位の上下だけでは測れません。例えば、コミュニケーション力や対人関係処理能力、ボケとツッコミのような当意即妙のやり取りができる力も大切です。

――教員養成の具体的な取り組みは。

まずは、卒業生が教員になる割合をアップさせることが前提です。3年前から元教員らをスタッフに迎えて試験対策のキャリアサポートデスクを設置しました。面接練習、グループ討論などをサポートしています。

ただ、教員は本来、長い時間をかけて育てるものです。専門科目にも専任教員を厚く配置し、専門性の高い学問や文化、芸術などを幅広く学ぶのが大阪学芸大時代からの伝統です。教員としての技量には直接結びつかなくても、本物を知っている知識人であってほしいと願うからです。

――教員を目指す人は減っていますが……。

楽な仕事ではないし、社会から厳しい目を向けられることも多くなりました。それでも、教室で将来を担う子どもたちと喜怒哀楽を共にできることに、やりがいやロマンを感じている人は、まだたくさんいます。高大連携の一環で7年前から、府立八尾高の生徒に2部(夜間部)の講義を開放しています。受講をきっかけに、目的意識を持って志願してくれる生徒も多く、学生たちにもいい刺激を与えているようです。

――教員以外の進路はどうなっていますか。

卒業生の約3割がサービス業やメーカー、金融などの企業に就職しています。すべての学生が教員に向いているわけではなく、教師を絶対視しているのではありません。むしろ、ヨーロッパをリュック担いで回るとか、山登りを徹底してやってみるとか、学生時代にしかできない経験で教師に対するイメージを揺さぶり、一度は崩してもいいのでは。多くの選択肢の中から適性を見いだす、自由な雰囲気があるべきです。

――01年の付属池田小児童殺傷事件以降、学校の安全に対する取り組みは。

03年に学校危機メンタルサポートセンターを設置し、児童らの調査やサポートを続けています。教養基礎科目に「学校危機と心のケア」、教員養成課程には必修科目「学校安全」を開設しました。eラーニングで防犯教育を提供するシステムも開発中です。実効性のあるものを全国の教育関係者に提供したいと思います。

――最近の学生をどう見ていますか。

結論を求め過ぎるところがあります。異質なものから学ぶことが得意でないので、自分の限界に気づかない危険性もあります。教師を目指すなら学校以外の世界を知り、自分とは相いれないものを取り込む姿勢を大事にしてほしいですね。

ながお・あきお

大阪府出身。大阪教育大教育学部卒。大阪大文学研究科博士課程単位取得退学。大阪教育大講師、助教授を経て1993年に教授。夜間学部主事、理事兼副学長などを歴任し、昨年4月に現職。専門は教育方法学。62歳。


戦後の発展 教育のおかげ

教え育む人を教え育む。これが教員養成だが、容易ではない。「教育がよくて国がよくなったとは言われないが、悪い方に傾き出すと、教育が悪いと批判される」と学長が言うように、学校や教育はことあるたびにやり玉に挙がる。子どもたちが学校を教科を、好きになるのも、嫌いになるのも、先生次第と言っていいだろう。ただ、戦後の発展が教育のおかげと胸を張っていい側面があることも間違いない。豪放磊落(らいらく)、偉丈夫の長尾学長にして、そこまで公言できない事情はあるようだが、代わりに申し上げておく。

(本多)