『朝日新聞』2009年3月2日付

学長、誰が選ぶ? 富山大、教職員の意向反映されず


国立大学の学長は、何を基準に選ばれるべきなのか――。富山大で行われた学長選考で、教職員らの投票で最下位だった候補者が選ばれたことから、学内の不満が噴出した。学内の意向と反対の結論を出したのは、学外委員が半数を占める「学長選考会議」。国立大学法人法で、新しく設けられた決定機関だ。富山大に限らず、選考会議が出した結果をめぐる不満から、訴訟となるケースもある。(雨宮徹)


■選考委員、半数近く学外者

富山大の学長選考は昨年暮れにあった。学長の西頭徳三(さいとうとくそう)氏(70)を含む3人が推薦され、同11月に教職員が投票した2度の意向投票では、西頭氏はいずれも投票総数の約2割で最下位。だが学長選考会議では、意向投票の結果は「参考」扱いとされた。

西頭氏は、富山県総合計画審議会の会長職務代理を務めるなど、県内の政財界に幅広い人脈がある。同大によると、西頭氏が学外に持つ「委員」や「顧問」などの肩書は40以上になるという。

選考会議のメンバーは24人。うち、今回の選考会議には、富山県知事ら地元首長や、北陸電力など財界人ら学外委員が議長を除く9人、学内委員が11人出席。投票の結果、西頭氏が過半数の11票を得て再選が決まった。

ある学内委員は「教職員の支持が少なかったのに、学長に選ばれたのは、学外委員の多くが投票したとしか考えられない」と振り返る。一方、学外委員の一人は「西頭氏は学外の仕事を積極的にこなし、地域の問題に熱心に取り組んでいる。西頭氏になり、富山大は県民に開かれていて親しみやすくなった」と西頭氏が支持を得た理由を話す。

学内は複雑だ。

多くの教職員の意向が無視された格好になり、8学部中6学部の教授会が異議や懸念を表明。キャンパスで1月21日、教職員有志ら約150人が集まり、抗議集会を開いた。(1)決定の取り消し(2)西頭氏の次期学長の就任辞退(3)選考規則の見直しの3点を求めると決議した。

選考会議も同27日に会合を開いた。会議議長の金岡祐一・富山国際学園理事長は会合後、「投票と大きな差があることは問題があると認識している。だが、ギャップは常に出てくる」とし、再考しないことを明言した。


■3大学で訴訟に発展

学長選をめぐり、混乱したのは富山大だけではない。

学内の意向投票で、1位以外の候補者が次期学長に選ばれたケースは、滋賀医科、岡山、新潟、山形、高知、大阪教育、九州などの大学がある。滋賀医科、新潟、高知の3大学では訴訟になった。滋賀医科、新潟では、国や大学を相手に、選考の無効などを訴えた教授ら原告側が敗訴している。高知大は係争中だ。

しかし、なぜ、こうした事態が起きるのか。国立大学の独立法人化に際して、03年に制定された「国立大学法人法」が強く影響しているからだ。

同法は、これまで学内選挙で学長を決めていたルールを、学内、学外委員が同数の学長選考会議で決めることを明記した。文部科学省の担当者は「法人化で学長に経営者としての責任が生まれた。それまでは経営という概念がなかったため、学外委員にも選考にかかわってもらうことが必要になった」と話す。

また、学外委員の任命権は学長にあり、富山大関係者も「学内の支持に加え、学外委員の『評価』が、より重要視されるようになった」という。


■教員権限強い大学も

ただ、選考会議の役割は、それぞれの大学で、大きく異なっている。意向投票の実施を含め、細かいルールは選考会議の意思に委ねている。

たとえば、東京大は、内規で選考会議の権限を「1次候補者の十数人を、2次候補者5人程度にしぼる」ことに限っている。2次候補者5人から教員が投票で1人にしぼり、選考会議が最終的に新総長を正式決定する。京大もほぼ同様で、投票で候補者を1人にしぼり、結果を「基礎」に選考会議が新総長を決める。京大は「『参考』に比べて『基礎』は、より投票結果に重きを置くということです」と話す。

一方、東京医科歯科大は「選考会議が必要と認める場合、学内意向調査ができる」としているが、法人化後に投票が行われたことはなく、選考会議に実質的な決定権がある。また、05年に「学長選の廃止」を表明した東北大は、選考会議の規則に他大学のような意向投票の規定がない。

文科省によると、86ある国立大学法人で、9割が意向投票を内規で定めている。ただ、「ほとんどが投票結果を『参考』程度にとどめている」という。富山大も、これに含まれる。投票結果と、選考会議の結論が異なるケースが、どの大学でも起きうるわけだ。

富山大の教職員の中には、「大学の自治はどこにあるのか。投票が無視されるなら、投票をやる必要がない」との不満がある。同大の規定では、選考ルールを変える場合も選考会議の決定が必要だ。西頭氏は「選考会議に、次の選考に向けた規則の検討や改善を要請したい」とし、ルール変更の検討も始まった。