『読売新聞』2009年2月11日付〜28日付

法科大学院


(1)理想の教育 合格率の現実(2月11日)

模擬法廷授業では、おもちゃの包丁を使って犯行を再現もした(大宮法科大学院で)=立石紀和撮影 「異議あり! 誘導です」と弁護人席から声が飛ぶ。「記憶を喚起するためです」と検察官席。両者にらみ合いの後、裁判官役が「尋問の方法を変えて下さい」と促した。

大宮法科大学院(さいたま市)の法廷教室で昨年12月に行われた模擬法廷授業。弁護士の黒田純吉教授(59)が担当する「刑事訴訟実務」の講義だ。2年生10人が参加し、殺人未遂事件の裁判を3者に分かれて熱演した。ホワイトボードに図を描いて位置関係を説明し、おもちゃの包丁で犯行を再現するなど、裁判員制度も意識した。「3日間練習したけど思ったようには進まなかった。もう1回やってみたい」と検察官役の小泉真知子さん(28)。

1週間前には、婦女暴行事件の公判記録と刑事訴訟法の条文を基に、弁護人がどんな場面で異議申し立てを行っているのか、裁判官がどんな状況で申し立てを認めるのかを学んだ。

裁判で問われるのは、法律という道具を使って問題を解決する力。授業でも、尋問の「技術」ではなく、実際の裁判で問われる「思考力」を磨こうとしているのだという。


大宮法科大学院は2004年、埼玉県で小学校から大学まで運営する学校法人佐藤栄(さとえ)学園が、第2東京弁護士会(東京都)と提携して開学した。

合言葉は「弁護士が弁護士を育てる」。法科大学院は、専任教員の3割程度以上を実務経験のある教員とする規定があるが、大宮では、30人のうち18人が現役の弁護士。このうち16人は第2東京弁護士会所属だ。

法科大学院には、既修者コースと未修者コースがあるが、大宮には、法律の基本知識があって2年で終える既修者コースはなく、基本から3年間学ぶ未修者コースだけだ。社会人向けに夜間コースにも力を入れる。

法科大学院では、弁護士の指導を受けながら、実際の事件を請け負って訴訟実務を学ぶ科目「リーガル・クリニック」もある。大宮では特に、年間を通して、希望者全員が受講できる。さいたま市で開業していた萩原猛弁護士(53)(教授)が学内に法律事務所を開いて常駐しているからだ。他の教授陣もかかわって実際の訴訟手続きを行っており、刑事事件だけでも、年間約30件のうち3分の1に学生がかかわる。

こうした特徴から、大宮は「法科大学院の精神を最も忠実に表した大学院だ」と説明する。


だが司法試験合格率という現実がある。1期生97人のうち3年での修了生は64人で、07年には43人が受験し、合格者は6人にとどまった。08年の合格者は16人と伸びたが、合格率では74校ある法科大学院の中で42位だった。

設立構想時に、第2東京弁護士会長として深くかかわった久保利英明教授(64)は、「大宮の司法試験合格者は学校の成績上位者。授業でしっかりと学ぶことが司法試験対策になっている」と断言する。「未修者コースの修了者は、今年1月に法曹として働き始めたばかり。人間的にも優れた法曹を育てている自信がある。長い目で判断してほしい」

法科大学院協会、文部科学省と法曹三者は、法科大学院の成績と新司法試験の合格率の相関性も調べている。

腰を据えて理想の行く末を見届けるか、不合格者が積み重なる現実を危機ととらえるか。関係者の意見は分かれる。法科大学院制度が岐路に立たされていることは間違いない。(向井ゆう子)

既修者コースと未修者コース 憲法、刑事法、民事法など、法学の基礎を修得済みと法科大学院が認定した場合、既修者コースとなる。未修者とコースを分けている大学院が多い。既修者は、法学部出身や旧司法試験対策を行ってきた学生が主で、現状では新試験突破にも有利とされる。

9割が「定員削減含め検討」
法科大学院は、裁判員制度とともに、政府が推進する司法制度改革の柱の一つ。米国のロースクールをモデルに2004年に誕生した。10年までに新司法試験合格者を3000人に増やすという02年の閣議決定と連動している。

合格率2〜3%の超難関で知られる旧司法試験が知識を問う暗記型だったことの反省から試験内容も見直し、法科大学院には、広く法曹への門戸を開き、法学部以外の出身者や社会人を入学者の3割以上とすることを求めた。

現在の総定員は74校で5795人にまで膨らんだ。その結果、当初7〜8割とされていた修了者の新司法試験合格率は3〜4割と低迷を続けている。このため、文部科学省の中央教育審議会は昨年9月、各校の定員削減に言及する報告を、日本弁護士連合会も今年1月、定員削減や統廃合を求める提言をまとめた。文科省が昨年12月までに実施した各校へのヒアリングでは、9割の法科大学院が「定員削減を含めて検討中」と答えた。国立は1〜2割減の方向で検討しているとされる。

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法科大学院
(2)数も質も 伝統校の模索(2月12日)

多数の法曹を輩出してきた伝統校も厳しい競争にさらされている。

法科大学院の定員数には、各校のプライドがにじむ。東京大、早稲田大、中央大。1学年の定員が最大の300人を数える3校は「ビッグ・ロースクール」と呼ばれる。

1月の夜。静まりかえった中大の市ヶ谷キャンパス(東京都新宿区)にある法科大学院の教室で、1年生9人が本田宗哉さん(36)の話に聞き入っていた。2005年度の修了生で、1年前に弁護士登録したばかり。実務講師として後進の指導にあたる。

中大は、日本の法曹の5分の1、弁護士の4分の1を生み出してきた。そんな伝統校の売り物は、本田さんのような先輩12人が、課外で1年生の学修を支援する「フォローアップ演習」だ。

中大は、法律の基本知識がある既修者コース200人、未修者コース100人を募集している。演習の対象である未修者の1年生の8割が受講。2週間に1回、2時間ずつ、1年生で学ぶ「民法」「刑法」など基本科目について、授業の進度に合わせ、疑問に答えたり、復習したりする。

実際に新司法試験を突破した先輩の話を聞けるチャンスでもある。本田さんも演習後、学生と近くの中華料理店で懇談するのが恒例だ。学生の悩みや不安も受け止める。

「勉強の仕方で相談にも乗ってもらえるし、法曹として活躍する話が聞けて励みになる」と受講者の白木規章さん(31)。本田さんも「母校に恩返しがしたかった。学生の姿を見て、仕事でくじけそうな時に、初心を思い出し勇気づけられる事もある」と言う。


早大法科大学院の入試は特徴的だ。書類選考の後、「携帯電話の学校持ち込み」「離婚調停」といった大学側が与える場面について、受験生一人一人と教授2人が議論する。法律知識は一切問わず、コミュニケーション能力と論理的思考力を見る。

既修、未修ごとに定員を定めて募集していない。合格してから学内の認定試験で既修と判定されれば2年で卒業できるが、現実にはほとんどの学生が未修者だった。

その早大が昨年12月、2011年度から既修者コースを設けると発表し、他大学を驚かせた。既修者を定員全体の半分程度にする。

未修者コース修了生が初めて受験した07年の新司法試験。早大の合格者は115人で、東大の178人、中大153人に水をあけられた。合格者のうち既修者(浪人生を除く)は8人で、東大では115人、中大では89人が既修者だったのと対照的だった。

早大の教務主任、古谷修一教授(50)は「一般に流布するのは合格者の数。早稲田は通りにくいと受験生に敬遠されてしまう」と心配する。

だが、大学が既修者に力を注ぎすぎれば、多様な人材が法曹を目指すという制度の理念が揺らぐ。早大の入試合格者に占める社会人の割合は、04年度35・6%だったが、09年度には14・7%に減った。

合格者数だけに目を向けると「質」を見失いかねない。(向井ゆう子、写真も)

定員と志願倍率 法科大学院制度が発足した2004年度は68校で総定員は5590。入学者数は定員を177人上回った。しかし、74校になった翌年度以降は定員割れが続き、08年度の総定員5795に対し、入学者は398人少ない。最小規模は定員30で10校ある。04年度に7万2800人だった志願者数は、08年度は3万9555人まで落ち込んだ。

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法科大学院
(3)学費支援 揺れる現場(2月13日)

法科大学院は学生をどう支援しているのか。

定期試験が終わったばかりの今月4日、山梨学院大学法科大学院(甲府市)の自習室は学生で埋まっていた。1学年の定員が40、現学生数96人の同大学院では、24時間使える図書室に学生の人数分の自習机が確保されている。

自習机のうち40は個室で、最上級生が優先的に使える。ノートパソコンは全員に無償貸与されている。しかも、徒歩3分の場所に家具付き、家賃2万円の寮があり、87人がこの恩恵に預かっている。

さらに、成績優秀者には、初年度だと150万円になる学費を全額ないし半額免除とする制度がある。現在、全額は31人、半額は29人が対象だ。この学生たちは寮費も免除されている。加えて、大学院修了後も寮や自習室を使える仕組みも用意している。

赤字は当然だが、「法曹養成で実績がないだけに、当初から、意欲や能力があるのに経済的に環境の厳しい学生を積極的に受け入れたいと考えた」(荒牧重人・法務研究科長)。

面倒見のよさは、おおむね好評だ。北海道出身で、公務員を辞めて旧司法試験に挑んできた近藤徹さん(40)は「この大学院に入ることが最後のチャンスだと思った」、福岡県出身の下吹越淑子(しもひごしよしこ)さん(35)は「身ひとつで来て、安全な環境で学べるのがありがたい」と語る。「他の奨学金と合わせて経済面の心配はありません。後は自分がどう勉学に打ち込むかです」と東京出身の印南(いんなみ)真吾さん(31)。

山梨学院では、1年目から「地域社会と法」といった授業を設けるなど、「地域にねざした法曹養成」を意識している。こうした姿勢と学生支援体制とが相まって、全国から集まった学生たちから、「山梨が好きになった」「もし、弁護士として開業するなら、候補地の一つ」という声もあがる。


2009年度から、法学の基本知識がある既修者コースの新入生全員に、入学金を含む学費(151万3000円)を全額免除する――。青山学院大学法科大学院(東京・渋谷)が事実上の学費無償化となる給付奨学金制度の導入を発表したのは昨年6月だった。

1学年の定員は既修者20、未修者40。大学院には「優秀な既修者に未修者を刺激してほしい」(山崎敏彦・法務研究科長)という思いがあった。しかし、ふたを開けてみると、既修者コースへの志願者そのものが激減した。07年度168人、08年度104人に対し、09年度は17人。

元々、既修者としての成績を厳格に見る選考をしてきた。合格者は07年度4人、08年度3人。09年度の合格者2人には、山崎研究科長自身も「未修者の手本になってほしい」と期待を伝えたが、入学手続きはされないままだ。

高額な学費の大学院に、社会人などの幅広い層の学生を集めるには、充実した支援策は欠かせない。一方で、学費のディスカウントには「学生集めのためだ」という批判も出る。さじ加減は極めて難しい。(中西茂、向井ゆう子)

学費と奨学金 法科大学院の初年度納付金は国立が一律108万6000円、私立は150〜160万円台が多いが、200万円を超える大学もある。2007年度で日本学生支援機構の貸与奨学金を在学生の約6割、約8200人が利用する。大半の大学が独自に学費減免制度や貸与奨学金を設けており、地元弁護士らが奨学金を設けた例もある。

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法科大学院
(4)地方で深刻 統廃合の影(2月14日)

地方の小規模大学に法科大学院の統廃合の影が忍び寄る。

通称「四国ロースクール」は香川大学(高松市)のキャンパスの一角にある。愛媛大学(松山市)と一緒に設けた全国唯一の連合法科大学院だ。豊島(てしま)の産業廃棄物不法投棄問題など、環境問題に縁の深い土地柄だけに、環境法に力を入れるなど、地域に根ざした法曹養成を掲げている。

普段の授業が行われるのは香川大だ。松山から電車で移動するだけで約2時間半かかるため、憲法や行政法などを担当する愛媛大の教員5人は、授業のある日には高松に泊まる。愛媛大では夏休み、弁護士とともに法律相談の科目「リーガルクリニック」の集中講座を開く。

香川大は四国の国立大で唯一の法学部を持つが、法律、政治、文学などを学ぶ愛媛大の法文学部は四国で最も歴史が古い。最初は双方が独自の道を模索したが、単独では教員確保も難しかった。

だが、新司法試験合格者は2007年、08年ともに3人(受験者数は07年9人、08年21人)にとどまった。四国は弁護士過疎地域を抱え、弁護士数は4県で最多の愛媛でも116人、最少の徳島では60人にすぎない(08年3月現在)。

法科大学院制度の狙いの一つに弁護士過疎の解消もあった。中山充・連合大学院研究科長は「地域に良い法曹を供給するため、2けたの合格が欠かせない」と力を込める。


昨年12月、連合大学院では、互いの授業を参観し合う期間を設け、問題点を指摘し合った。中旬には教授らが、合格者を多数輩出している首都圏の伝統校のカリキュラムを検討した。検討には1校3時間を超える例もあった。

昨年9月には、5割を超える合格率を出している神戸大学を訪れ、教員の話を聞いた。

さらに、連合大学院では、岡山、島根両大とともに、08年度からカリキュラムや成績評価システムの共同化での連携を進め、3大学院相互で授業参観もしてきた。

カリキュラムや成績評価の「共同化」は、共同大学院の設置につながるとの見方もある。連合大学院が出す学位は最終的には、いずれかの大学のものになるが、昨年11月に制度が改正され、共同大学院として、複数の大学や大学院が連名で学位を授与できるようになった。

共同大学院構想には、地理的に中間地点で、法曹養成でも実績のある岡山大が積極的だが、他大学は慎重だ。事実上の統廃合につながりかねないからだ。1月中旬、3大学の学長が岡山大に集まったが、共同大学院の設置問題には触れずじまいだった。

愛媛大の小松正幸学長は「共同大学院になれば、四国に法科大学院は事実上なくなる。学生への負担が大きすぎる」と強く反対する。

地方国立大の法科大学院には、弁護士会が支援基金を設けるなど、地元の威信もかかる。定員削減を求める声が高まる中、弁護士偏在解消や教育の機会均等の確保の観点も忘れるわけにはいかない。(向井ゆう子)

法科大学院の全国分布 法科大学院74校(国立23、公立2、私立49)のうち、東京都内(24校、定員2610)と近畿(15校、同1420)で定員のほぼ7割を占める。その他の学校数と定員は、北海道2校(130)、東北2校(150)、東京以外の関東8校(430)、中部11校(495)、中国4校(200)、四国1校(30)、九州・沖縄7校(330)。

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法科大学院
(5)認証評価制度に異論も(2月18日)

法科大学院に認証評価機関の厳しい目が注がれる。

「自分たちでは十分やっていると思っても、外部から見れば足らないと思う部分もある。指摘されやすい点は事前に手を打とうと思った」

2009年度に認証評価を受けるため、1年以上前から準備を進めてきた龍谷大学法科大学院(京都市)の浜井浩一教授(48)が語る。

評価機関に、自己点検した評価書を提出、評価機関による訪問調査で、教員や学生への聞き取り、学内の試験の答案内容までチェックされる。これまでに、教育内容が水準を満たさない「不適合」とされた法科大学院は、評価を受けた31校中8校に上る。

龍谷大法科大学院は、文部科学省から司法試験予備校との業務提携を問題視され、開校が1年遅れた。新司法試験の合格率も芳しくはなく、「不適合」まで受けるわけにはいかない。昨年12月からは、自己点検を機に教員同士による授業評価を始めた。授業の進め方や構成、教員の話し方や言葉遣いなど、独自の評価シートを作った。学生への授業アンケートも、ホームページで公表する準備を進めている。


一橋大学法科大学院(東京都国立市)は08年3月、「不適合」とされた。3科目の授業のクラス規模が大きすぎると判断されたためだ。

指摘された科目の一つは、学生の人気ナンバーワン授業だった。法曹関係者は、訴状や判決文など、限られた時間内で文章を書く能力が求められる。その授業は、課題を出してその場で文章を書かせ、複数の教員が講評する形で、教員や生徒が多い方が多様な意見が出て教育効果が高まるとの判断から、2クラス合同で100人の授業にした。指摘後は改めたが、学生からは前の形での存続を求める要望書が出たほどだった。

「受験対策でなく、将来を見据えた高度な訓練のため、工夫して編み出した。形式論であてはめるのではなく、学校の創意工夫を認めてもいいのでは」と法科大学院長の村岡啓一教授(58)。

昨秋の中央教育審議会の中間報告は、認証評価制度について「形式的な評価にとどまっているとの問題点が一部で指摘されている」と述べ、教育の質に重点を置いた評価への改善を促した。一つでも問題があれば不適合を出す機関と、総合評価で判断する機関とのばらつきもあるようだ。

文部科学省は「受験対策に偏っていないかという点の評価はできた」(専門教育課の神田和明課長補佐)という立場。ただ「授業の内容に踏み込んだ評価はまだ難しい」とも。評価自体の質向上も求められている。(名倉透浩)

認証評価 学校教育法改正で2004年度から、文部科学省の認証を受けた評価機関の評価を受ける義務が全大学に課された。法科大学院は5年に1度、日弁連法務研究財団、大学基準協会、大学評価・学位授与機構のいずれかの評価を受ける。「不適合」が出ると文科省が調査して指導する。一般の大学は7年に1度の評価。

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法科大学院
(6)法学部の役割 再考の時(2月19日)

法科大学院の登場で、法学部も変化を迫られる。

机の上には英語の法規集。ホワイトボードには「原告」「被告」を表す英単語が記されていた。1月中旬、神戸市の神戸大学六甲台キャンパスの一室で、法学部の斎藤彰教授のゼミで学ぶ男子学生4人が英語の準備書面作りに取り組んでいた。3月に香港で開かれる模擬国際商事仲裁の大会に出場するためだ。

学生たちは、企業間の架空の紛争場面を盛り込んだ設問を基に、数か月かけて原告、被告双方の準備書面を書き上げる。大会では、法解釈の正確性や論旨の整合性とともに、説得力のある英語での弁論そのものも審査される。

今年の出場校は17か国、65校。米国のハーバードなど名門法科大学院も名を連ねる。英語を母語としない学部生には難関だが、斎藤教授は「学生が困難に挑戦する機会を与えるのが狙い」と説明する。

日本の大学教育、特に法学部は、伝統的に教員が一方的に知識を伝授する講義が中心とされてきた。歴史ある法学部が看板の大学も多く、就職でもつぶしが利くため、法曹を目指す学生以外は、なぜ法学を学ぶのかという目的意識が薄いと言われてきた。

斎藤教授は従来の法学部と法学教育の在り方を見直し、法律という道具と運用能力を生かして学生が成長する材料を与えようと、3年前からゼミで大会参加を始めた。学生の自主性に重きを置き、じっくりと課題に取り組む点から最良の教材ととらえている。


神戸大は新年度から「21世紀型市民としての法学士育成計画」と名付けた法学部改革に着手する。裁判員制度の導入などで、個人の法的な判断力がより問われる時代。問題を自ら提起し、調査・分析、解決策を示す能力を学生に身につけさせたいと考えた。斎藤ゼミの取り組みを計画の先駆例と位置付け、英語での弁論練習を公開する。

また、1年からのゼミも含め、実地調査を増やし、学生が問題提起、調査、発表する形に重点を置く。「法律知識だけでなく、問題解決能力を身につけた人材を社会に送り出したい。そんな法学士が社会で果たす役割は大きい」と計画を主導する品田裕教授。

一方で、かつて全員参加だった法学部のゼミ参加率が、最近、4年生で7〜8割に減った現実もある。法科大学院の予備校に通うことを不参加の理由に挙げる学生もいる。

法科大学院制度を作る際、法学部の在り方は、中央教育審議会でも議論になった。学部時代に法学の基本を身につける既修者と未修者で、入学時から差が出ることに懸念の声があった。だが、法科大学院を設けない大学への配慮や、大学経営への影響の大きさから、見直しの必要性を指摘するのにとどまった。

文部科学省の調査では、全国の大学で「法」の名前が付く学部の在学生は約18万人(2008年5月現在)、同年の法科大学院入学者のうち法学系学部出身者は約4000人。法曹を目指すのは一部に過ぎない。法学部の役割を改めて問い直す時期が来ている。(向井ゆう子)

国際商事仲裁 異なる国籍の企業間などにおける紛争解決手段のひとつ。1審制で、裁判のように法廷が開かれ、仲裁人が裁定を下す。申立数が増加しており、代理人を務める弁護士の需要が高まっている。

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法科大学院
(7)授業と試験対策にズレ(2月20日)

法科大学院の授業と、その先の現実に、学生は落差を感じている。

大学院での勉強は充実していた。少人数で緊張感のある授業。講義は興味深く、授業を1度も休んだことはなかった。東京都内の私立法科大学院の3年生で、5月に初の司法試験に挑戦する男性(43)が、この3年間を振り返る。

一橋大学で社会学を学び、卒業後、銀行に入った。金融商品の開発を手がけると、いつも「法」の問題が最後に浮上。顧問弁護士の仕事ぶりも目の当たりにした。一方で、銀行の仕事に行き詰まりを感じていた2004年、法科大学院が開校、弁護士を目指したいという自分の背中を、妻は黙って押してくれた。

学費は奨学金に頼っている。弁護士になっても、ならなくても、返済は20年間続く。大学院修了後、5年で3回という新司法試験の受験制限も重くのしかかる。「もし3回落ちたら、大学院に行った3年間はすべて無駄。なぜ3回なのか」と心は揺れる。


都内で弁護士になったばかりの今井靖博さん(28)も「模擬裁判やエクスターンシップ(法律事務所などでの修習授業)など、大学院の教育自体は充実していた」と振り返る。

慶応大学法学部出身。旧司法試験にも挑戦、2004年に明治大学法科大学院の法学既修者コースに入学した。

修了後に受けた第1回の新司法試験は不合格。1日10時間の自主的な勉強と浪人仲間との勉強会を重ね、2回目に合格した。

初回の失敗について、今井さんは「旧司法試験の思考から抜け出せなかった」と分析する。新司法試験の論文式試験では、論証パターンを暗記する旧試験の勉強は役に立たない。提示された具体的な事案から事実を拾い、必要な法律の条文を当てはめて解決策を示す必要があり、全く違う「法的思考力」が要求される。

法科大学院も、実際の事件を弁護士とともに扱う「リーガルクリニック」など実務を経験する授業で、思考力を鍛えることを目指している。

しかし、「新司法試験の合格率が予想より低くなると聞いてからは、実務の勉強に割く時間はなかった。実務を学ぶのは楽しいが、あくまで弁護士になった後の話。試験対策としては役に立たない部分が多かった」。

制度の影の部分から目をそらしてはならない。(向井ゆう子)


学生ら制度批判
連載には法科大学院の学生らからも投書が届いている。

社会人経験のある現役学生は「法学未修者が3年間で合格できるほど新司法試験は生易しいものではない。制度設計の不備を抜きにして、学生の質が悪いと言うのは公正さを欠く。『試験対策をしないように』という文部科学省の指導にどんな意味があるのか」と痛烈に批判する。

東京都内の法科大学院を修了し、司法試験浪人中の秋田県の男性(25)は「崇高な理念で始まった制度だが、結果的に多くの学生を不幸にしている。最大の問題点は5年で3回の受験制限」と指摘した。

新旧の司法試験 新試験が始まった2006年以降、両試験が並行して実施されているが、旧試験は10年度で打ち切りになる。代わりに法科大学院修了と同等の資格を与える予備試験を11年度から。新試験に大学院修了後5年以内に3回までという受験制限を設けたのは、人材の流動性確保のため。

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法科大学院
(8)答案練習 予備校頼み(2月21日)

「現実」を行く司法試験予備校には、学生の根強い支持がある。

「ピーク時には1日数十人が相談に訪れる。専任スタッフでは対処しきれないこともあり、相談の足は絶えない」

「伊藤塾」(東京・渋谷)の塚本雅基さん(46)が語る。同塾が昨年設けた法科大学院情報センター室の主任コンサルタントだ。

センターのスタッフは3人。法科大学院進学希望者の相談に無料で応じ、入試制度や試験内容の傾向、面接の心構えや審査のポイントなどを説明している。クラシック音楽が流れるセンター室を今月に訪れた学習院大学2年の女子学生(20)は、1時間の相談の後、「法科大学院に合格した塾OBの体験を踏まえた情報が聞け、とてもためになった」と笑顔を見せた。

司法試験予備校は、試験の新たな関門となる法科大学院が2004年に開校したことを受け、こうした相談窓口や無料セミナーを次々と始めた。ここに進学希望者が集まる背景には、法科大学院の情報公開が必ずしも十分ではない点がある。法科大学院のホームページでは、古い情報がそのままだったり、目立たない形で情報が変えられていたりする例も見られる。

「辰已法律研究所」(東京・新宿)の後藤守男所長(57)も「入試の判定基準について、適性試験・面接・小論文などの点数配分が公表されていないところが有力校に多い」という見方だ。


予備校は、法科大学院生にも一定の支持を受けている。 伊藤塾では、インターネット上でいつでも講義を受講できる環境を、法科大学院開校前に整備した。塾生の約2割が現役大学院生。その多くは、ネット授業を受ける在宅受講者だ。辰已法律研究所では、模擬試験の答案練習会参加者の3〜4割が現役大学院生だという。

法科大学院は、受験技術優先の傾向が著しくなり、「法曹となるべき者の資質の確保に重大な影響を及ぼした」という反省からできた。司法試験対策をするのではなく、専門教育に特化する教育機関とした。新司法試験は、法科大学院修了を受験資格としている。

予備校との「ダブルスクール」の割合は不明だが、伊藤塾の伊藤真塾長(50)は「法科大学院生の多くが、何らかの形で予備校でも学んでいるのが現状だろう」と見る。「法科大学院では試験対策はしてくれない。予備校では実際の司法試験問題の答案を学習することで、自分の弱点が見つかるから、非常に役立つ」と東京大学法科大学院の男子学生(3年)。

「受験技術偏重」の反省からいわば「予備校否定」とも言われる中でスタートした法科大学院だが、「現実」を目指す学生たちには、お金はかかっても、試験対策のためには予備校を求めているのが実態のようだ。(安田幸一)

法科大学院の入学者選抜 大学入試センターや日弁連法務研究財団が実施する適性試験を受け、出願時に提出する。適性試験は長文読解力や論理把握力などが問われる。大学院の入試では、面接や小論文が課されるほか、学部の成績が考慮されるところも多い。英語能力試験TOEFLなどの成績を考慮する大学院もある。点数の配分は非公表が多い。

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法科大学院
(9)修了者増え 就職厳しく(2月25日)

法科大学院修了者の就職は厳しさを増している。

法律事務所や企業の法律専門職の求人広告を掲載するインターネットサイト「ジュリナビ」が昨年5月に誕生した。法科大学院65校が資金を出し、文部科学省も助成、明治大学法科大学院と株式会社「ジュリスティックス」が共同運営する。だが、求人数は常時30程度にすぎない。

我が国では弁護士1人の事務所が3分の2を占める。司法試験合格者は1990年ごろまで500人前後の時期が長く続き、就職活動も個人的な人脈頼りだった。しかし、2008年度の合格者は2200人を超えている。

ジュリナビ設立を主導した明大の鈴木修一教授(弁護士)は「修了生を企業法務などで幅広く活用していくべきだが、企業が必要性を感じていない」と指摘する。ジュリナビの調べでは、新司法試験に合格、08年12月に法曹資格を得た1731人中、民間企業就職者は58人。1477人が弁護士事務所に就職した。検事任官は73人、裁判官は75人だ。

経済情勢の悪化で、08年度司法試験合格者の就職活動も厳しいが、就職活動は大学院修了後になるため、大学院側も本格的支援はしていない。

司法試験に失敗した修了生の進路はもっと深刻だ。ジュリナビの求人で、民間企業での採用例は三井物産などごく限られている。就職支援サイト「リーガル・マップ」は、これまで400人の修了生と企業の間を取り持ったが、9割が試験に失敗して法曹の道をあきらめた人だ。

そうした中で、東京都は09年度から、司法試験と重ならない日程で、修了者を意識した採用試験を始める。


司法試験突破後の司法修習は、かつて2年間だったが、法科大学院制度が始まって1年間に短縮された。修習生は合格発表と同時に、就職活動にも追われることになる。

大阪弁護士会の都市型公設事務所「大阪パブリック法律事務所」(大阪市北区)が、1月に弁護士会館で開いた私塾には、司法修習生11人が参加した。「バッジを着けたその日からプロの弁護士や。本番で失敗せんよう、今失敗しろ」と事務所長の下村忠利弁護士。修習生は真剣な表情で、被疑者への接見の練習など刑事弁護の技術を学んだ。

参加者の一人が「法曹人口増加で就職は厳しい。即戦力になりたい」と動機を語る。

都市型公設事務所は、各地の弁護士会が中心になり設立し、日本弁護士連合会も支援する。経済的な理由で通常の弁護士事務所に相談できない住民の法律相談を受け、国選弁護を引き受けるほか、弁護士過疎地域で活動を希望する新人弁護士の育成も手がける。

このため、司法修習生の就職支援にも積極的で、第2東京弁護士会の東京フロンティア基金法律事務所(新宿)は、01年の開設以降、13人を育てて過疎地などに送り出した。法科大学院の中に事務所を置いて、学生の教育に携わる動きもある。

法科大学院修了生をどう生かすか。社会全体で考える必要がありそうだ。(向井ゆう子)

1期生の7割が司法試験突破 文部科学、法務両省によると、法科大学院が初めて修了生を出したのは2005年度で、法学既修者コース(2年制)のみ2176人。このうち、08年度までに新司法試験を突破したのは1504人(69.1%)だった。172人が3回の受験に失敗し、新試験の受験が事実上できなくなった。

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法科大学院
(10)同志社大法科大学院教授 コリン・ジョーンズさんに聞く
「修了者」評価する社会に(2月26日)

米コロラド州生まれ。44歳。2005年から同志社大学法科大学院教授。著書に「手ごわい頭脳 アメリカン弁護士の思考法」(新潮新書)、「アメリカ人弁護士が見た裁判員制度」(平凡社新書)。

法科大学院教授である米国人弁護士が、日米の制度を比較する。

「日本では司法試験が目的化して、大きな短所になっている。米国の司法試験合格率は高く、試験を意識した教育をしているのは三流、せいぜい二流の法科大学院だ。日本は、米国の二流、三流を目指してしまっている」

同志社大法科大学院のコリン・ジョーンズ教授は、日本の法科大学院制度の現状を、こんな風に見る。米国では国と州に法律があり、過去の判例を重要視するため、「法律のすべてを教え込むことを最初からあきらめてしまっている」という面も見逃せない。

「法科大学院修了を評価する空気が社会に全くない。合格できなければ『法曹になれなかった人』という烙印(らくいん)を押されてしまう。米国では法科大学院を出れば将来の道は広くなるが、日本では、将来が狭まってしまっているのが現状。法科大学院制度のブランド化の失敗だ」


米カリフォルニア大バークレー校で日本語と日本文学を学び、東北大法学研究科博士前期課程を経て、米デューク大法科大学院修了。ニューヨーク州などで約12年、弁護士を務めたが、国際的な分野に強い法科大学院を作りたいという同志社大に招かれた。

大学院ではアメリカ法を教えている。「学生は興味はあるが余裕がない。本来の制度の趣旨は、いろんな選択科目を設け、司法試験を意識しないで各大学院がそれぞれ理想の教育を行い、多様な法曹を養成することだ。教育というのは一生のもの。法科大学院もそのつもりでやっているが、現状のままでは特色を保つのは難しくなるだろう」

司法試験の合格、不合格にかかわらず、法科大学院修了を「資格」とすべきなのか。

「そうあるべきだ。司法試験合格が目的でなくステップにならないと、限られた目的のための教育でしかなくなる。5年、10年たって、働いてみないと、学んで良かったとわからないこともある」


ただ、司法試験の合格率を上げた場合、大学院の教育の質は誰が評価・保障するのか。

「米国では合格は当たり前なので、就職率で法科大学院を評価する。日本でも、市場にまかせれば、何年かすれば司法試験受験者と合格者のバランスはとれるだろう」

市場にまかせた場合、質の低い法曹を生み出す恐れはないか。

「候補が多いほど、良い弁護士が出るだろう。質の低い弁護士が少ない方がいいと言うのなら、有能な弁護士も少ない方がいいとなる。そもそも良い法曹の正確なものさし自体が不明確だ」

米国では、日本の司法書士や行政書士の仕事も弁護士が果たす。日本でも弁護士がこうした業務を行うことは可能だ。「日本では、こうした職業は、弁護士と一部競合関係にあるのに法曹人口を考える議論にも出てこない」と制度作りそのものにも疑問を投げかける。個人的見解と断りながらも「(法曹には)一種のエリート意識があった。エリート主義から脱することが、(多様な人材が法曹を目指す)法科大学院制度の本当の意義のひとつではないか」。

米国から輸入した制度を根付かせるには、日本にとっての理想の法科大学院像を、関係者がねばり強く探究する姿勢が欠かせない。(聞き手・向井ゆう子)

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法科大学院
(11)韓国、日本を反面教師に(2月27日)

韓国で法科大学院が始動する。

ホワイトボードにハングルが入り乱れる。「今日は休憩なし」という教授の言葉に、学生から不満は出ない。

韓国ソウルの成均館大学法学部が入る「法学館」の一室で、法科大学院の入学予定者約40人が刑法の基本を学んでいた。1月5日からの6週間で、憲法、刑法、民法を集中的に教えるプレ・スクール。基礎を固めた上で授業に臨めるよう、3月に法科大学院を開校する韓国のほぼすべての大学が同時期に実施した。

成均館大の最大の特徴は、企業法務を特化分野と掲げ、大学運営に韓国最大の財閥サムスングループがかかわる点だ。関連企業でのエクスターンシップ(実地研修)を予定する。しかも、国際分野は、英米法、日本法、中国法などを23科目設け、授業はそれぞれの言語で行う。

入学予定者の出身大学は、韓国トップのソウル大が50人を占め、国策で作られた研究者等養成機関「韓国科学技術院(KAIST)」の卒業生も10人いる。国際的な英語力テストTOEICの平均点は921・3点。日本の受験者の上位3%に入る高得点だ。社会人経験者が4割を占め、公認会計士資格や博士号を持つ人もいる。

「合格率9割を目指す。司法試験にどう通すかではなく、いかに落ちる学生を減らすかだ」と法科大学院のチェ・ボンチョル教授(前法学部長)。


高い合格率が期待される背景には、韓国政府の周到な制度設計がある。認可された法科大学院は25校(1学年定員2000人)。首都圏に15校、地方に10校で、国立と私立もバランス良く配した。定員も事実上、政府が割り振った。最大の定員は国立のソウル大で150人。次いで延世、高麗、成均館の私立3校と地方の国立2校が120人で、最小規模は40人。

法科大学院の乱立を許して定員が膨らみ、司法試験合格率の低迷を招いたとされる日本と対照的で、韓国の法科大学院関係者は「日本を反面教師にした」と口をそろえる。

韓国には日本と同様の司法試験制度がある。法学部が司法試験予備校化しているという反省に立ち、米国をモデルに法科大学院の制度設計を進めた。ただ、韓国で検討が始まったのは、日本で本格的な議論が始まる前の1995年ごろ。導入方針が固まったのは2004年末で、政府が大学に最終認可を出す08年8月まで、日本より時間をかけた。

日本との最大の違いは、法科大学院を設立する大学の法学部を廃止することを決めた点。法学部は、08年入学者が最後になった。法科大学院だけでは赤字経営にならざるを得ないだけに、学部廃止は経営的に厳しいが、大学側にも「痛み」を求めた格好だ。

日本でも、中央大、新潟大が日韓の法科大学院の在り方についてシンポジウムを開くなど、韓国に学ぼうという動きが出ている。

韓国は日本の失敗に学んだ。日本が韓国の痛みの引き受け方に学ぶ意味はあるだろう。(向井ゆう子)

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法科大学院
(12)理想の司法 議論続く(2月28日)

法科大学院を巡っては、様々な提言がある。

民法、特に担保法の権威として知られる東京大学の米倉明名誉教授は、2005年から法科大学院の在り方について、専門誌「戸籍時報」(日本加除出版)に毎月、寄稿を続けている。07年には「法科大学院雑記帳―教壇から見た日本ロースクール」(同)という名前で一部を一冊にまとめた。東京大法学部、早稲田大法学部と法科大学院を経て、現在、愛知学院大学法科大学院で教べんをとる。

最新の寄稿(戸籍時報2月号)では、法科大学院修了と同等の資格を与える「予備試験」(11年導入予定)に所得制限を設けないと、一般学生が広く利用すると指摘。「予備試験という魔法の杖(つえ)のひと振りで、大部分の法科大学院はなくなるのだから、統・廃合など試みず、静かに待っていればよろしい」と皮肉たっぷりだ。

制度自体を眺めるには03年出版で、村上政博・一橋大教授の「法科大学院 弁護士が増える、社会が変わる」(中公新書)がある。

日米両国での弁護士経験を踏まえ、各国の法制度や法曹養成システムの違いを紹介。日本の制度の導入までの経緯、カリキュラム、教員構成、評価の方法、授業料などを紹介。「法科大学院構想は、大学側が予備校を上回る教育を約束して始まり、教育を充実させる責務は大学側が負う必要がある」と指摘した。

10年までに新司法試験の合格者を3000人程度に増やす政府の目標と、法科大学院制度に真っ向から異議を唱えるのは、河井克行自民党衆院議員だ。法務副大臣時代に大学院14校を視察した経験を基に昨年10月、「前法務副大臣が明かす 司法の崩壊」(PHP研究所)を出版した。

「(予備校による暗記教育の)行きすぎた是正が行われた結果『夢物語』に走った」と法科大学院制度を批判し、新司法試験の受験資格から大学院修了を外すべきだと主張する。政治の世界の議論が低調な中、一石を投じている。


新司法試験は09年度の試験で4回目。受験機会は5年のうちに3回と制限されているため、法科大学院の法学未修者(3年)コース一期生の多くは、最後の受験に臨む。知識を問う「短答式」試験の配点が半減、思考力を問う「論文式試験」の成績がより重要になる。法科大学院の教育の成果が真に試される年だ。

だが、法務省が得点方式の変更を正式に発表したのは、試験まで4か月を切った1月23日。試験の実施要項を示した際だった。受験生からは「変更の時期が不適切」と批判が出ている。

法科大学院制度を含む司法制度改革推進計画は、「国民の視点から抜本的に見直し、司法の機能を充実強化する」と基本理念をうたっている。だが、法曹人口の議論は国民不在で行われ、法科大学院は学生不在の制度設計が続く。

現状では、法曹人口も法科大学院の定員も単なる「数合わせ」に陥りかねない。本当に国民が何を求めているのかを知る姿勢が欠かせない。(向井ゆう子)


次週からは「大学の実力」シリーズの第3弾、「学士力」がテーマです。

司法制度改革の流れ 1990年代後半、経済界を中心に裁判迅速化や法曹人口増を求める声が強まり、97年、自民党が司法制度特別調査会を設置。99年からは政府の司法制度改革審議会で、国民の司法参加や新しい法曹養成機関について議論した。2001年6月、同審議会が、裁判員制度と法科大学院創設を盛り込んだ最終意見書を小泉首相(当時)に提出し大枠が固まった。