『読売新聞』秋田版2009年2月14日付

《医療改革提言 秋田の現場から5》秋田大・本橋豊医学部長に聞く
「報酬是正し医師再配置を」


医師が不足しているうえ、医師が集中する秋田市と、それ以外の地域で格差が生じている本県。医療過疎が進む地域では、激務を強いられる中核病院の勤務医が減り、病院機能の縮小に追い込まれている。

連載では、各地の窮状に対し、勤務医の労働環境の改善、開業医による中核病院の夜間・休日外来への応援、若手医師の受け入れ態勢の強化などが進みつつある現状を紹介した。しかし、こうした取り組みはほんの一部にとどまっており、地域医療の崩壊は目前に迫っている。

医療現場が抱えている課題を克服するために何が必要なのか。秋田大医学部の本橋豊学部長に聞いた。



県内の中核病院で、勤務医が足りない事態を招いたのは、医師の報酬体系のゆがみに一因がある。時間外勤務や救急医療などで過重労働を強いられている病院の勤務医が、労働に見合った待遇を得られなければ、病院から去ってしまう。

「医師は高給取り」と言われるが、それは一部にすぎない。厚生労働省の昨年度の調査では、開業医の平均年収は2532万円、病院勤務医は1415万円。国立大学の教員は50歳(教授クラス)で1000万円程度だ。給与が低く、自分の時間もほとんどない大学病院よりは民間の総合病院、総合病院よりは開業しようとなる。

こうした待遇や労働環境の不均衡で、大学に若手の医師が残らないようになってしまった。

大学はこれまで、郡部などの医療過疎地域に医師を定期的に派遣し、地域医療を維持してきたが、いまでは人員の余裕がなくなり、秋田大も一部の病院から医師を引き揚げざるを得ない状況になっている。

病院勤務医の給与を激務に見合うよう引き上げる仕組みを考えなければ、現状を変えるのは難しい。



〈病院に人材を供給し地域医療を維持する秋田大とともに、その現場を支えているのはJA秋田厚生連だ。県内9病院を経営し、地域医療の中核をなす。10月に北秋田市に新たに開業する北秋田市民病院を運営する指定管理者になることも決まった。だが、「開業時に必要な常勤医31人をそろえるのは難しい状態」(北秋田市)だ。本橋学部長は続ける〉

医師不足の現状を考えると、北秋田市民病院が医師を確保するのは容易ではない。北秋田市民病院に象徴される事態は県内各地の医療現場で起きている。だが、秋田大にも何十人もの常勤医を派遣できる余裕はない。

一方、県の医療政策も医師不足には有効策が見いだせないでいる。病院設置や建て替えに補助金を出し支援しているが、県立病院ではない民間病院に対し、強い指導力を発揮できない。医師の偏在解消に向けて、医師を再配置しにくい実情がある。

しかし、崩壊の瀬戸際にある地域医療を再生させるためには、早急に対策を打ち出さなければならない。

まずは、医師報酬の不均衡を是正して大学病院の勤務医の給与を見直し、大学卒業後、各地の病院で2年間の臨床研修を終えた若手医師が大学に戻ってくるようにしたい。

そのうえで、県、厚生連、秋田大が一体となった新たな医師派遣システムを作り、各病院と調整しながら、医師を再配置できる仕組みを早急に整える必要がある。(おわり)

この連載は、鈴木幸大が担当しました。

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《提言要旨》

小泉政権の構造改革路線で、診療報酬、介護報酬が削減され、医療・福祉の現場にゆがみが生じた。病院や介護施設の経営は苦しく、必要な人材の確保も難しくなっている。抑制一本やりの路線を転換すべきだ。

日本の高齢化率は2050年に39・6%に達する。社会保障費が、さらに膨らむのは避けられない。真に必要な施策には、財源投入を惜しんではならない。

もちろん無駄を省く取り組みは不可欠だ。医療機関の“はしご受診”は、医療費の増大と医師の疲弊を招く。検査の重複や大量の投薬は無駄なだけでなく、副作用の危険も大きい。無駄遣いは、結局、負担増を招くということを国民も理解する必要がある。

また、ICチップを埋め込んだカードで医療、介護などに関する個人情報を一元的に管理し、医療機関が共有できるようにするなど、無駄を防ぐシステム作りも求められる。