『朝日新聞』2009年2月2日付

〈学長力〉育む 女子の決断力 奈良女子大 久米健次学長


女性への大学の門戸が閉ざされていた時代から女子教育を担い、優れた人材が輩出した奈良女子大。今年は創立100年の節目を迎える。男女共同参画が叫ばれるなか、男性学長として女子大の行く末をどう見据えるのか。(石川智也)


◆実学志向応援 卒業時に満足

――単刀直入に聞きますが、共学化は考えていませんか。

「今のところ、女子大であることを活(い)かしたいと思っています。ただ、女子学生だから教え方や研究の方法が変わるということではない。うちの文学部や理学部にしても、女性向きの学問や分野というわけでもない。なかなか論理化しにくいが、すべてを女子のみで行う環境は決断力を養い、女性リーダーが輩出しやすいという面もあります。男女共同参画といっても、それを検討する審議会のメンバーはほとんど男性。まだまだ女子大の役割はあると思う。志願者も減っていません」

――念頭にないと。

「正直なところ、7年ほど前に、近畿圏の他大学との再編を探ったことがあります。しかし、1プラス1が3になるような相乗効果は見込めなかった。生き残りのための単なる効率化は特色を弱め、マイナス面の方が大きい」

――ただ、受験生の女子大離れは進み、共学化などで女子大の数も減っています。

「確かに逆風は強い。先ほどの話と矛盾するようだが、女子大というだけでは、生き残っていけないでしょう。まず大学として魅力的であることが前提。それは、共学大が関心を払わない分野に取り組んでいることかも知れないし、性差とは関係なく高い水準の研究をしていることかもしれません」

「特に今のような時代、『なぜ女子大のままなのか』は常に問われます。であれば、まず、女子大であろうとなかろうと、良い大学である努力をしなければならない。共学化のことを問われると、私は『それを検討する前にもっとやることがある』と言っています」

――学内の変革で着手したことはありますか。

「奈良女子大は、女子高等師範学校が前身ですが、教員になる卒業生は数%。実学志向にあわせて管理栄養士のコースを作ったり、グローバル化時代に活躍できる女性のキャリア形成支援プログラムを設けたりといった改革を進めました。女子大という理由で入学してくる学生は1割程度ですが、卒業時の満足度は高い」

「女子大と共学大はそれほどかけ離れたものではない。共学大でも実際は男女が別れて活動していることが多いし、女子大も隔絶された存在だったわけではないのですから。特色ではあっても、特異なものではありません」


◆地域に根ざし 新商品開発も

――国立の女子大は二つだけですが、東のお茶の水女子大へのライバル意識は?

「多少は意識している。向こうは東京なので、こちらとしては奈良という土地の静かさ、堅実さ、着実さといったイメージを追っていきたいと思っています。そのために、地域との結びつきを強めている。生活環境学部の学生がアイデアを出し、奈良漬けの入ったアイスクリームなどの新商品を開発した『奈良漬プロジェクト』のほか、古都の文化や歴史、景観などを幅広く学ぶ『生活観光』の講義も設けました。正倉院事務所や奈良文化財研究所と協力した歴史研究や、文化遺産をデータベース化してサイトで公開する事業も進めている」

「学校名の『奈良』『女子』『大学』をそれぞれ生かしていくのが当面の目標。そして、社会的存在であることを強く意識するということ。地域の女性リーダー育成のための公開講座などが、その代表的活動です」

――大学院生の1割以上が留学生ですね。

「奈良はシルクロードの東端で、アジアからの留学生が多い。男女同権が完全に進んでいない国・地域も多いので、女子大ということで選びやすい面もある。そうした受け皿にもなれればいい」

「また、男女差別の激しかったタリバーン支配から脱したアフガニスタンの復興のため、国費留学生を積極的に受け入れています。女性教員研修も奈良女子、お茶の水、津田塾、日本女子、東京女子の5大学の連携事業として02年から始めました」

――その5大学では唯一の男性学長ですね。

「『男女共同参画の最終的姿とは』とか『専業主婦をどう考えるか』などの問いは男だとなかなか口にしにくい。私個人としては、いろんな意味で多様性が尊重される社会がよいと考えている。同じように、女子大の存在意義についても考え続けています。女子大があるのは世界でも数カ国。普遍的人権観からすれば、女子大は過渡的な措置で、いずれ役割を終える。一方、男女の性差こそ普遍的とすれば、いつまでも存在し得る。逃げているようですが、どちらにも割り切れないものを感じる。それは、私が男の女子大学長だからでしょうか」


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鳥取市出身。京都大理学部卒。奈良女子大助教授、教授などを経て03年から現職。専門は原子核物理学。趣味はクラシックギターと農作業。大学生の娘2人はいずれも県外の共学大に通う。「父親のいる大学には来たくなかったのかも」。60歳。