『朝日新聞』2009年1月5日付

〈学長力〉ときめき呼び起こす 東京芸術大学長 宮田亮平学長


芸術界にあまたの人材が輩出した東京芸術大。近年は映画やアニメなど、これまで大学と関係が薄かった分野にも進出している。宮田亮平学長自身は、東京駅の4代目「銀の鈴」などの金属工芸で知られる芸術家だ。芸術と大学経営。対極にあるようにも見える二つの仕事を軽やかに両立させている。(葉山梢)

◆アニメ表現も学術評価必要

――大学が07年度にまとめたアクションプラン(行動計画)の副題は「世に『ときめき』を」でした。

「だれでもときめきの心を持っている。特に幼いころほど、豊かな感性がある。保育園や幼稚園に通う子どもたちは、みんな、お絵かきや歌が好きでしょう。それが、小学校、中学校と進むにつれ、うまいか下手かで評価され、比べられることで、全員にあるはずの感性、ときめき力をなくしてしまう」

「芸術を通して、人々のときめく心を、もう一度、呼び起こしたいというのが私の信念です。しいていえば、それが開かれた大学として私たちが果たすべき社会還元だと思っています」

――キャンパスのある台東区や足立区、横浜市などとの共同プロジェクトに力を入れていますね。

「街に出て人々に接し、具体的な環境の中で活動することは、私たちに専門領域を超えた力を与えてくれる。こうした活動は芸術による街づくりの可能性を開くものでもあって、今後も積極的に取り組んでいきたい。街に出た芸大に、『明るくなった』『学内に入りやすい雰囲気になった』などの言葉をいただくようになったのが、とてもありがたい」

――今年度、アニメーション専攻を作りましたね。

「絵巻物の『鳥獣戯画』を思い浮かべてほしい。躍動する動物たちの表現は、現代のアニメーション表現にもつながっている。日本のアニメや漫画が世界中に受け入れられている今、日本独自のアニメーション表現を学術的に評価していくことは、時代の要請でもあると思う」

「正直に言えば、『なんで大学でアニメなんだ』という声が学内にあった。でも、芸大は次代を担う表現者の育成を重視しているから、アニメーション専攻も作品の創作はもちろん、放送や通信などの分野で新しい映像コンテンツ産業を事業化していく、つまり、プロデュースできる人材の育成も目指していく」

――舞台芸術の分野などへの関心はどうですか。

「声楽科の中にオペラ専攻があって、毎年定期公演を行っている。大変な人気で、チケットは売り切れです。ただ、会場の奏楽堂はオペラ用の舞台ではない。そこで08年に初めて新国立劇場の大劇場を借りて、オペラの練習を行った。得難い経験で、交流や発展に向けた大きな進歩だと思う」

◆現場に顔だし喜び共有する

――法人化で資金面の苦労はありますか。

「07年、政府の有識者会議が相次いで国立大学の運営費交付金に『競争原理の導入』を提言し、科学研究費補助金の実績に基づいて配分するという話を出してきた。しかし、科研費に『芸術』という引き出しがないのに、こうした話が出たことに、強い怒りを感じました。それで頑張って08年度から科研費に『芸術学』という分科を加えてもらった」

「芸大の申請件数は07年度の31件から08年度は71件に増えた。採択率はそれほど高くないけど、これから努力していけばいい。科研費の勉強会を開いていても、以前は関心がなくがらがらだったのに、最近は満員になる。先生たちの意識も高くなってきている」

――教職員をうまくリードするコツは?

「自分自身が現場力の人間だと思っているから、現場の意見を大事にしたい。自分とちょっと違うと思っても、安易に否定するようなことはしない。そして、現場によく顔を出すようにし、自分の肌で知ることが一番大切だ。現場の喜びを共有できれば、こんなにうれしいことはない。それと、現場が努力してやったことを、自分がやったみたいに言いふらしては絶対ダメ。現場のモチベーションが下がってしまいます。特に気をつけていることだ」

「07年に作った社会連携センターの課長には、初めて芸大生え抜きの職員になってもらった。課長というと、文部科学省から来る人が多いけど、プロパーでも優秀な人はどんどん仕事ができる地位に就いてもらいたい。するとモチベーションが上がる」

――公用車を自転車にしたそうですね。

「学長になる時ちょうど運転手さんが定年だったので、黒塗りをやめた。“オープンカー”に乗っていると、いろんな人から情報が入ってくる。コミュニケーションがすべての源だから、長所は計り知れない」

「学長の仕事は、芸術をリヤカーに積んで、どこでも走っていってときめきを伝える行商人。芸術というのは、人が来るのを待っていては伝わらない。自分から持っていかないと。そういう意味で自転車はいい」

――学長となってからも、積極的に作品を制作していますね。

「時間は、神が全世界の人に平等に与えたもの。1日24時間を、どう使うかが重要だと思う。決断したことは必ず作品にする。そういう習慣をつけておくと、大学経営にもうまく反映される。創作活動をやるのは一つの現場力でもあるけど、学長力にもつながるんじゃないかな」

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【近年の主な出来事】

05年 大学院映像研究科に映画専攻を設置
06年 同研究科にメディア映像専攻を設置
   東京都足立区に千住校地を開設し、音楽学部音楽環境創造科を移転
07年 創立120周年
   「東京芸術大学アクションプラン」をまとめる
   地域や産業との連携の窓口「社会連携センター」を設置
08年 同研究科にアニメーション専攻を設置
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新潟・佐渡島生まれ。東京芸術大大学院美術研究科修士課程修了。美術学部長などを経て05年12月から学長。専門は鍛金。イルカがモチーフの「シュプリンゲン」シリーズが代表作。63歳。

◆記者からひとこと

写真撮影のため、一緒にキャンパスを歩いていると、学生から次々と話しかけられていた。学生が話しかけやすい雰囲気を持つ学長って、あまりいないのではないか。教授時代は学園祭で自ら佐渡のイカを焼いて売っていたという。「現場力」と「オープンカー」効果なのかもしれない。