『朝日新聞』2008年12月22日付

〈学長力〉日本の顔 育成拠点に 東京外国語大学 亀山郁夫学長


翻訳したドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」(光文社古典新訳文庫)が100万部を超えるベストセラーとなるなど、ロシア文学研究者としても知られる東京外国語大学の亀山郁夫学長。経営者として、どう大学運営に臨むのか。そして目指す大学像とは。(原田朱美)

◆著作活動通じ 教養向上実践

――ロシア文学研究者という立場と、学長という役割に違いはありますか。

「学長になって以来、研究など大学運営に直接かかわりのない作業は、できる限り、少なくしています。でも、仕事が二つに分かれているというより、一体だと認識しています。今まで、研究をしながらも、東外大の教養教育のレベルアップを常に意識し、自分なりにグローバル化の時代に必要な教養とは何かを考えてきましたから」

「日本の教養の基礎部分をつくり上げていく使命は、著作活動を通して実践していると思います。そして、いろんなところで、人文学の大切さを伝えていくことは、学長としての任務でもあります。全然矛盾しません」

――大学のグランドデザイン(基本指針)で「拠点大学化」という言葉を使っていますが。

「東外大は、国際化、グローバル化の最前線で、ビジネス面、研究面で日本の顔となれる国際人を育てる義務があります。その拠点となる大学という意味です。ある地域にかかわる専門的で総合的な知識を蓄え、かつ一教養人として世界に通用する何かを持っているのが真の国際人です。東外大には、言語、文化、社会研究を中心に、学問分野を超えた言語文化研究、国際社会研究が集まっています」

――文系で、一つの学部しか持たない単科大学は学生集めに苦労しています。危機感はありますか。

「全国から優れた学生が集まっていて、不安はありません。ただ、かつて70年代は、外国語学部という名称の中に日本の『夢』が込められていましたが、国際化、グローバル化が進み、いま、外国というイメージの中に私たちの心をかきたてる何かがなくなったのは心配です」

「東外大がもつグローバル性と、外国語学部の名称が持っているある種のブランド性を守っていくのに必死です。教育、研究面で大学が持つ資源をまだ社会にアピールしきれていません」

◆学部教育改革 バランス重視

――学部教育改革を表明していますが、具体的には。

「世界の言語研究、文化研究、社会研究、国際研究が四つの柱です。このバランスが良い大学を作りたい。現状は、どう見ても、言語、文化といった人文科学に偏っていて、配置されている教員の数も多い。社会、国際という社会科学が手薄です」

「大学院は来年4月に総合国際学研究科という名前で再スタートします。今言った四つの柱がしっかりと見えるようになっています。しかし、学部ではまだそれが見えていません。今なお、『外国語を勉強するところ』というふうにしか外には見えない。4本の柱がしっかりと受験生にも見える形で改革を実現していきたい」

――実現するためのハードルはありますか。

「東外大は、教職員を合わせて350人です。うち教員は210人。1学年の定員750人の大学でこの数は、旧帝大系に比べてかなり少ない。そして、教員というのは安定した環境での研究を好みますから、変化に保守的です。しかし『外国語大学なのだから外国語を教えれば社会的責任を果たせる』というのではだめです。確かにここでしっかり外国語教育をしなかったら、アイデンティティーがなくなってしまう。ただ少子化の時代に、それだけでは良い学生を集め続けられないことも現実です」

◆小規模の利点 柔軟な対応力

――どう解決しますか。

「教職員を説得し、変化に対する恐怖をぬぐうことができたらいいなと思います。小規模大学のメリットは世界の変化に柔軟に対応できることですから」

「今後、半年の間に大学の今後の運営戦略を決める第2期の中期目標と中期計画を策定します。これが勝負の分かれ目で、それにどれだけ盛り込めるか。理想を掲げ、東外大のプレゼンス(地位)を、日本だけじゃなくて、世界で上げることが私の使命だと思っている。可能な限りの努力をしようと思っています」

――01年に一橋大、東京工業大、東京医科歯科大と4大学連合を締結しました。成果はあったのでしょうか。

「今までに(それぞれの特徴をいかした講義を共用する)複合領域コースをつくってきましたが、成果はまだまだこれからです」

「4大学は、人文科学(東外大)、社会科学(一橋大)、自然科学(東京工大)、応用科学(東京医科歯科大)と、ほぼすべての学問領域をカバーします。それぞれが強い個性を持ち、しかも単独でしっかりやっていける。今春、4大で『21世紀地球教養コース』を立ち上げようと提案したところです」

――連携の重要性をどう考えていますか。

「グローバル化し大学間の競争が激しい現状では、小規模大学はいかに有効な連携の枠組みを作れるかが生命線です。私の夢は、この大学を中心に、この多摩地区を国際性あふれるアカデミックゾーンに作り替えることです」

  ◇

【近年の主な出来事】 

00年 東京都北区から府中市にキャンパスを移転

01年 東京医科歯科大、東京工業大、一橋大と「4大学連合」を結成

08年6月 大学院の全面改組を決定。09年4月から「総合国際学研究科」を開設

08年7月 留学生支援を主とする「国際教育支援基金」で、寄付の目標額2億円を達成

   ◇

〈プロフィール〉 栃木県生まれ。専門はロシア文学。93年から東京外国語大学教授。07年9月から学長。59歳。02年「磔(はりつけ)のロシア」で大佛次郎賞受賞。今年11月、ロシアのメドベージェフ大統領から「プーシキン・メダル」(同国の文化普及の貢献者に対する勲章)を贈られる。

◆記者からひとこと

撮影の場所を決めかねていると、散らかった学長室の机を指し、「『混沌(こんとん)』って感じで、いいと思わない?」と笑った。1ポーズ撮り終えるたびにカメラマンに近寄り「見せてー」。子どものような好奇心は、「知」への探求心の支えにもなっているようだ。