『朝日新聞』2008年12月1日付

〈学長力〉愚直でいい 質を大事に 名古屋大学 平野真一総長


ノーベル賞に名古屋大学がわいている。今年、卒業生の小林誠さん、益川敏英さんが物理学賞、元助教授の下村脩さんが化学賞を受賞。01年の野依良治さん(化学賞)に続く快挙に、目標の「世界に通用する知的成果の創造」に自信を深める。「愚直でも質を大事にする」と語る平野真一総長が目指す大学像とは。(太田航)

◆若い感性尊重 ノーベル賞に

――ノーベル賞を受ける3人は名古屋大に学生や研究者として在籍していました。世界的な研究者が輩出した素地はどこにあるのでしょう。

「名古屋大は1939年に一番新しい帝国大学として出発した。そのため若い先生方が研究環境が十分でない中、意欲に燃えて大学をつくってきた経緯がある。私が工学研究科にいた時、小林さんは大学院の理学研究科にいたが、学生たちに研究を手伝わせたり、歯車の一つのように扱ったりせず、若い人の発想や考えをとても大切にして学ばせていた」

「また、名大を卒業してそのまま、ここの教員になった人の割合が、ほかの大学より少ない。それだけ外に開かれていると言えるし、いい人に来てもらって活躍の場を提供しようという雰囲気がある」

――大学運営で気を使うところは。

「国立大学の法人化以降、学長のリーダーシップが言われるが、私はトップダウンでやることがリーダーシップだと考えていない。教育や、大学の危機への対応は組織を挙げて取り組まなければいけないが、研究を一方向だけに定めるのは間違いだ」

「もちろん研究が社会に貢献し、経済を盛り上げるのは大切だ。しかし、イノベーションというのは基礎科学、学術の基礎があって初めてあるもの。小林さん、益川さんの理論も、すぐ何かの材料に結びつくということはないが、宇宙の成り立ち、私たちの成り立ちという根元の問題で、重要なところを言ってくれている。別の学術と融合して、次に伸びていく基本となるところを無視してはいけない」

――資金面から、研究をどのように支えていますか。

「総長裁量経費という年4億5千万円ほどの枠の中で、文理融合や分野を超えた連携を進める研究に支援をしている。それとは別に若手の研究者にも特別な支援枠を設けている。昨年度から、大学院博士後期課程の学生約200人に、年30万円の『学術奨励賞奨学金』を3年間渡している。博士後期課程の2年生100人には、1人あたり40万円を支給して海外の大学に1カ月以上派遣する『国際学術交流奨励事業』がある。研究者としての幅を広げてもらうため、力を入れている」

◆じっくり研究 国の制度必要

――ノーベル賞受賞の一方で、下村さんのような海外への頭脳流出という問題点も浮かび上がりました。

「私も70年ごろ、大学の研究員として米国留学したが、日本との設備、研究費の格差はとても大きかった。研究に打ち込める環境は間違いなく向こうにあった。国や大学が今、環境整備に努めているとはいえ、まだ仕組みは日本に整っていない」

――改善策はないのですか

「野依さんは29歳で名大助教授になり、33歳で教授になった。名大では代々、若手の登用などに努めてきたが、資金面の支援は十分でない。米国だと大学が基金を持っていて若い人につけられる。名大も基金を設けているが、なかなか集まらない。日本の大学が基金から独自に援助するのは難しい」

「若い研究者が置かれている境遇から言うと、心配なのは、任期制などで短い期間での仕事で勝負をかけないといけないことだ。国全体の制度として、若い人が数年かけて自分の仕事をまとめあげていく場を与えないといけないと思う」

――名大は学生数1万5千人で、うち留学生が1200人。受け入れに積極的です

「優秀な留学生が入ることで、大学は間違いなく活性化する。徹夜で実験をやり、何かやり遂げて帰りたいという気持ちが彼らにはある。名大の留学生の約4割は中国から。中国に戻っても、各地に同窓会の支部をつくり、帰国後も交流している。向こうの学生に名大の活動を知ってもらおうと、05年に上海に連絡事務所をつくった。名大は研究、教育で誇れる実績を上げていると思うが、愛知県や名古屋という場所は、世界にあまり知られていませんから」

「ただ、留学生の宿舎など生活環境面での支援は不十分だ。名大では今度、100人ぐらいが入れる寮を作るが、それでも全部で250人ほどの部屋しかない。国は20年に留学生を30万人を受け入れると言うが、このままでは対応できない。国を挙げて整備しないと」

◆ごみの再利用 モデル化貢献

――名古屋にある大学ならではの教育のあり方とは。

「(自動車産業など製造業が盛んな)この地域はものづくりを通して人を育ててきた。風土は大切だ。『名大は愚直でいい、質を大事にする』と言い続けている。また名古屋市は日本で最も進んだごみ分別の街だが、名大では十数年前からごみ再利用のモデル化をしてきた。名古屋市が環境都市であることに、大学も貢献したと思っている。」

――地元学生が占める割合が高いですが、ほかの地域への魅力発信も課題でしょうか。

「専門分野で、大学関係者には名古屋大のレベルの高さはよく知られているが、東海地域以外では知名度が低いかもしれない。保護者にしたら、名大に入り、地域の会社に勤め、親元に近いところで生活してくれるのが一番だ、という気持ちがあるかもしれないが、いろんな地域で活躍してくれる人が出てほしいと思う。地域のDNAを引き継ぐ大学だというところを大事にすると同時に、日本全体、世界に冠たる大学になるべく努めていく」

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【大学の近年の主な動き】

01年12月 野依良治教授がノーベル化学賞受賞

04年4月  環境調和社会に向けた学際研究拠点のエコトピア科学研究機構(現エコトピア科学研究所)を設置

05年11月 海外初の上海事務所を開設

08年10月 卒業生の益川敏英さん、小林誠さんがノーベル物理学賞、元助教授の下村脩さんが同化学賞受賞

09年    創立70周年

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〈プロフィール〉愛知県出身。セラミックス研究の専門家。名古屋大院修了後、東京工業大助教授などを経て、83年に名古屋大教授。同大工学部長から、04年4月、12代総長に。趣味はアマチュア無線。66歳。