『朝日新聞』2008年11月3日付

早まる就活 学校苦慮


大学生の就職活動、企業の採用活動に、大学側が危機感を募らせている。早期化、そして長期化に、だ。国立大学協会などは今夏、97年の就職協定廃止後、初めて「学業に支障がある」として、経済団体に適正化を申し入れた。しかし、すでに一部の職種で選考を終えた社もあるうえ、秋になり、企業の説明会も本格化している。

■3年秋に内々定?

都内の私立大学に通う3年生の女子学生(20)は9月中旬から、在京テレビ局のアナウンサーのエントリーを始めた。10月は、面接試験が次々行われた。「多くの局で選考が終わったと聞いています」

学生と企業が接触し始めるのは、3年生の夏休みだ。学生は、希望企業に、仕事を実体験する「インターンシップ」を申し込む。学生たちは「事実上の就職活動のスタート。人事担当者に気に入ってもらう大切な場です」。昨年、ある損害保険会社の1日インターンシップに参加した関西大4年生の男子学生(22)は「ずばり就職セミナーという感じでした」。

秋に入り、会社説明会も次々、開かれている。横浜国立大学3年の男子学生(22)は「先輩の手帳を見たら、秋以降、説明会の日程が来春までびっしり書き込まれていた。私も準備をしなければいけないと焦っています」。今、就職情報会社のホームページを見ながら、説明会の日時をチェックする毎日だ。

リクルート(東京)がまとめた「就職白書2007」によると、アンケートに答えた861社のうち41.4%が、09年3月卒業生の採用スケジュールが前年より「早まる」と回答。理由に、優秀な人材の確保82.9%、競合対策56.9%などが並ぶ。他社に先んじて、いい学生を確保しようと、企業は採用を早める。一方、従来通り、4月から活動する企業もあり、学生たちの活動は、必然的に長期化することになる。

■「学業妨げ」問題視

早期化、長期化は、国立大学協会などでつくる「就職問題懇談会」で、たびたび問題視されてきた。懇談会が、大学の就職指導担当者らに行った調査でも、早期化を指摘する回答が増加傾向だった。

このため、国大協は、公立大学協会、日本私立大学団体連合と7月9日、日本経済団体連合会(経団連)に要望書を提出した。これらの団体が就職問題でまとまって動くのは、97年の就職協定廃止後、初めてだ。

要望書では(1)学部や大学院の最終学年の当初や、それ以前の学生に採用・選考活動をしない(2)採用活動は長期休暇などを活用するなどし、大学教育を尊重する(3)正式内定は、卒業、修了年次の10月1日以降とする、などを求めた。懇談会座長の平野真一・名古屋大総長は「優秀な人材を育てるのに最適の時期を就職活動に奪われるのは、あまりに悔しい」と訴えた。

大学院修士課程修了後の就職が中心の理系学生を抱える教員も反発を強める。東京大、京都大など有力大学工学部長らでつくる「8大学工学部長会議」は10月、経団連に修士院生の採用活動を2年次の4月以降に始めることなどを求める声明を手渡した。採用・就職活動が1年の夏から翌年の5月ごろまで続くため、「大学院の教育研究を大きく妨げている」としている。

■学生には対応支援

一方で、大学側は、早まる就職活動に戸惑いつつも、対応せざるをえないのが実情だ。

早稲田大学(東京都新宿区)では3年生の7月から本格的な就職ガイダンスを始めている。キャリアセンターの西尾昌樹課長は「この時期の学生は浮足立っているため、落ち着いて職業観や企業を見極めるよう助言している」。あまりに早く内定し、本当によかったのかと「内定ブルー」に陥ったり、複数の内定をもらっても絞りきれなかったりする学生がいるからだ。

秋の段階では、有名企業に集中する傾向がある。また、民間の採用が早期化する一方で、公務員試験の時期は変わらず、両立できない問題も起きている。西尾さんは「大学で何を勉強したかや成績が評価されないのは残念。3、4年でサークルの責任者を経験して成長する学生もいるのに……」と嘆いた。

関西大学(大阪府吹田市)は4月、3年生と大学院生を対象に最初の就職ガイダンスを開く。キャリアセンターの冨山浩嗣事務長は、4年前の初回は「早いかな」と思ったが、今は「妥当かな」と感じている。この春は、就職希望者の7割以上が参加した。

毎年6、10、12月に3年生向けのガイダンスを行う福岡大学(福岡市)は3年前から、6月の参加者が増え始め、今年は8割の学生が出席した。就職・進路支援センターの立花時弘室長は「就職活動が早まれば、それだけ授業に集中できなくなってしまう。大学側としては少しでも遅くしてもらいたいのが本音だ。ただ、センターとしては対応せざるをえない」と、ジレンマを話した。

■「好ましくない」経団連

就職協定は企業側の要望を受け、97年に廃止された。経団連は現在、加盟企業に卒業・修了学年に達しない学生への面接などの選考活動を慎むよう倫理憲章で定める。ただ、守らなくても罰則はなく、拘束力は弱い。

今回の国大協などの要望に、経団連の雇用管理グループは「就職活動の早期化、長期化は好ましいこととは考えていません。学業を大切にしてほしいという考えは大学側と同じで、今後も規定を守ることを求めていきたい」としている。

一方、文部科学省は、学生が一定期間授業に出られない▽卒業研究の指導が十分できない、などの影響が出ている点を懸念。学業に専念できるようにし、卒業時の資質や能力を高める方が、学生にも企業にも望ましいとしている。10月14日付で学長らに出した通知では、大学側の申し合わせや憲章の内容を教職員や学生に周知し、企業に働きかけるように求めた。同省担当者は「就職活動で学生の本分が侵されている。申し合わせと倫理憲章を尊重するよう求めていくことで、学業に励める環境にしたい」と話している。