『朝日新聞』2008年10月27日付

ワイン、砂丘…国立大、地方色生かし研究所続々


ワイン、乾燥地、宇宙など、地方の国立大学が地域の特徴を生かしたユニークな研究所に力を入れている。法人化後は新顔も急増。激化する大学間競争の中で、独自性を示すことで優秀な学生を確保し、生き残りにつなげる狙いもある。

●校名の商品発売

甲府市にある山梨大の「ワイン科学研究センター」は、国内の大学で唯一のブドウとワインの研究所だ。ブドウの生産量が日本一の山梨で60年以上の歴史がある。

研究の柱は、(1)アルコール造りに欠かせない酵母などの研究(2)健康などに有用な効果がある成分の研究(3)病気に強いブドウ作りの三つ。05年にはセンターが開発した技術で醸造された「山梨大ワイン」をメーカーと共同で売り出した。

新品種を使った赤ワインや、世界で初めて海に住む酵母を使った甘口ワインなど現在4社から11銘柄が出ていて、地元を中心に年1万本近く売れている。

昨年度に1年次からワインの専門教育を受ける特別コースを始めたところ、7割は県外からの入学者だった。さらにワイン技術者を対象にした再教育コースも開講していて今年6月、約150時間の授業・実習を受けた7人を初代の「ワイン科学士」に認定した。柳田藤寿センター長は「日本にはワインの専門家の称号がないので、これを標準にしていきたい」と話す。

貫井英明学長は「センターは産学官連携のシンボル」と説明する。「横並びで競争しても人数が多くて伝統がある大学には勝てない。他の大学にない技術を持つことが、優秀な学生の確保や大学の生き残りにもつながる」と話している。

●海外でも有名に

鳥取市の鳥取砂丘の一角に直径36メートル、高さ15メートルの巨大ドームがそびえる。鳥取大の「乾燥地研究センター」の実験用ドーム。様々な乾燥地の気候をシミュレーションできる自慢の施設だ。内部には、乾燥地特有の熱風を再現する装置や人工的に雨を降らせる装置などがそろう。

センターは戦後、国内の砂丘地の農業利用研究からスタート。その後は研究対象を世界の乾燥地へと広げてきた。恒川篤史センター長は「国内ではオンリーワンの研究所です」。

国際的な知名度も高く、大学院の博士課程では20人中11人が海外からの留学生。国が優れた拠点に資金を重点配分するCOEプログラムにも、02〜06年度、07〜11年度と連続して選ばれた。最近では、中国などからの黄砂の観測や人に与える健康被害、バイオ燃料の開発、乾燥地の野生生物の保全など研究の幅をさらに広げ、「世界に貢献したい」と意気込んでいる。

鳥取大では、来年度から大学院に「国際乾燥地科学専攻」を新設するなど、乾燥地に関する教育研究にさらに力を入れる。能勢隆之学長は「名実ともに大学の売り物にしていきたい」と話す。「オープンキャンパスの時もセンター行きのバスは満員だった。大学の最大の命題である受験生確保にもつながる」と期待している。

●第一人者を招く

北海道室蘭市にある室蘭工業大の「航空宇宙機システム研究センター」は法人化後の05年に発足した新施設。国内の大学では唯一という航空と宇宙の両方を対象にする研究所だ。

大気中をマッハ6以上で飛ぶ超音速飛行機や、離陸して大気圏外でロケットエンジンに切り替える再使用型宇宙船「スペースプレーン」など、革新的な技術の確立を目指す。センター長には宇宙航空研究開発機構から棚次亘弘さんを招いた。まず、5年以内に長さ3メートル程度の無人実験機をマッハ1・4で飛ばして回収する計画だ。

研究設備の充実ぶりは国内の大学でトップクラス。試験用の風洞は最速でマッハ4の気流を起こせる。小型ジェット機の飛行を世界中の主要空港・航空路で再現できるフライトシミュレーターもある。

松岡健一学長は航空宇宙分野に力を入れる理由として、(1)もともと航空の講座があった(2)第一人者の棚次さんを招くことができた(3)地元の北海道が航空関連の産業誘致に力を入れている、の三つをあげる。

今年度、大学院修士課程に航空宇宙システム工学専攻を新設したところ、志願者は定員を大幅に上回った。来年度には工学部に「機械航空創造系学科」とも発足させる。「本学の特徴を明確にして、受験生にもアピールしたい」と話している。

●5年間で533施設

国立大学は全国に86ある。文部科学省によると、国立大学の研究所・研究センターなどの数は08年度現在976施設。うち半分以上の533施設が、法人化によって、各大学の判断でつくれるようになった04年度以降にできている。年間100以上、1大学で年に1施設余り増えた計算になる。

急増の理由として、(1)大学の活動をアピールしたり地域の要請に応じたりするため、研究者レベルで進めていたような研究を研究所に格上げした(2)COEプログラムの受け皿として研究拠点を整備した、ことなどが考えられるという。(杉本潔)