大学院博士課程修了者の就職確保と研究条件改善に関する質問主意書

右の質問主意書を提出する。

平成二十年十月二三日

                             提出者 石井郁子

衆議院議長 河野洋平 殿

大学院博士課程修了者の就職確保と研究条件改善に関する質問主意書

ノーベル物理学賞を南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏が受賞、続いて化学賞を下村脩氏が受賞するなど、日本の基礎研究の水準の高さが世界に示された。しかし、これらの成果は一九六〇年から七〇年代の研究が評価されたものである。一方で、現在の基礎研究がおかれている貧困な研究条件のもとで将来もノーベル賞受賞者がうまれるのか疑問の声が各方面からよせられている。研究の主体を担う国立大学は小泉構造改革のもと法人化され、以来、基礎的教育研究費や人件費である運営費交付金が毎年減らされ、また教職員の人件費削減が押しつけられている。そして即成果につながる研究にたいして予算が重点的につけられるなかで「基礎研究の将来が危ぶまれる状態」が続いている。また、大学院の博士課程を卒業しても研究職のポストがなく非常勤講師や短期雇用のポストドクター(博士号取得後の任期付き研究奨励制度を受けている人)につくことを余儀なくされ、「高学歴ワーキングプア」とさえいわれる事態が進行している。

このような事態は我が国の基礎研究の衰退をまねくとともに学術・研究の豊かな発展を阻害し、社会的基盤を損なうものといわなければならない。基礎研究分野での将来のノーベル賞は「夢のまた夢」になりかねない。このような現状を改善するため長期的視野にたち基礎研究を重視するとともに人を育てる政策へと転換することが求められている。

そこで今回は研究者養成とりわけ大学院博士課程修了者の就職確保と研究条件改善について以下質問する。

一、今年「日本物理学会誌」(六月号)に「ある非常勤講師の場合」 (勝木渥著)という一文が寄稿された。それには研究職につくことができず非常勤講師をつづけながら無給で研究を継続している五〇歳の人がいるという痛ましい例が紹介されている。日本の研究者のおかれている現状を告発するものであり紹介したい。

一九八二年国立大学の信州大学で固体物理学を学び卒業したT氏は東北大学修士課程で低温物理の実験系の研究室に所属した。一九八八年三月から九二年三月までの四年間フィンランドのヘルシンキ工科大学低温研究室で研究員として超流動ヘリウム3の研究を行い工学博士の学位を取得、九二年三月から二年間イギリスのランカスター大学でポストドクターとして超流動ヘリウム3の研究をおこない九四年三月に帰国した。 帰国後研究職もなく一〇年余にわたり複数の大学の非常勤講師を勤め、 それで生計をたて東京大学物性研究所(柏市)で無給の外来研究員として研究を続けている。

首都圏の四つの大学で一週間に一五コマの授業をこなしその合間をぬっての研究である。年間四五〇万円の収入しかなく、その上国民年金や健康保険料が全額自己負担である。しかもその授業コマ数が次年度確保される保障もなくきわめて不安定な状況におかれている。一週間に一五コマをうけもつことは国立大学の専任教員ではありえないし、私立大学では六コマが標準的である。このように生活を維持するため非常勤講師の仕事におわれながら長期にわたって研究を続けるということはあまりにも過酷といわなくてはならない。このような例はけっして特異なものではない。

政府は能力のある研究者がこのような状態で研究をつづけなくてはならない実態をどう認識しているか。

二、もう一つ例をあげたい。国立大学のK大学理学部生物学科を卒業したKさんは東京大学の理学部動物学専攻に入り博士課程を修了した。博士課程修了後に理化学研究所のライフサイエンスのポスドクを四年間つとめその後アメリカの大学に二年間留学した。帰国後大学の公募に願書を提出しても職はなく、現在常用型派遣会社の労働者として働き、東京のある大学で専門外の電池開発にたずさわっている。月々手取り二五万円で、多額の奨学金の返済もあり苦しい生活という。この方は「派遣会社の技術社員としてただ生きている」だけで、「三四歳の時点で研究者としては死にました」「こんな働き方なら、博士号をとる必要はなかった」と述べている。

政府は、博士課程を修了してもその高度な知識と能力をいかす場がなく派遣会社の技術社員として生活しなければならないというのでは社会にとっての大きな損失と考えないか。

三、大学院の博士課程修了者(約一万六千人)のうち半数近くが就職できず、今社会問題化している。政府が一九九〇年以来「大学院の倍増」 政策をすすめたものの、教員の増員など博士が活躍できる場を確保してこなかった責任は大きい。

大学や行政法人まかせにする態度はゆるされない。政府として若手研究者にたいする研究職確保の方策をどのように考えているのか。また、若手のみならず、若い頃適切な研究職につけなかった研究者(おおむね五〇歳以上)に対する研究職確保の方策はどのように考えるか。

四、政府はポストドクター支援の拡大をはかってきたというが、文部科学省の調査でさえ平均給与は月額三〇万六千円にしかすぎず、一年から五年の契約期間をすぎれば引き続き就職が確保される保障もない不安定な状況におかれている。安定的な就職を確保する抜本的施策がもとめられるが政府として、具体的にどのようなことを考えているのか。

五、この間の国立大学法人の運営費交付金削減また五年間で五%の人件費削減の押しつけが退職教官の定員不補充など教育・研究職の確保、拡大を困難にしている元凶となっている。この五年間での運営費交付金の削減額は六〇二億円で一橋大学規模の大学が一〇校無くなったに等しい。この四年間の国立大学法人の人件費削減による教職員の削減数を年度毎にあきらかにしてもらいたい。

六、国立大学の運営費交付金の削減、人件費削減の押しつけをやめないかぎり教育・研究職の確保・拡大は困難である。政府として運営費交付金については増額する、人件費削減はやめると言明すべきだがどうか。

七、若手研究者の就職難を解決するためには企業による博士課程修了者の採用を増やす必要がある。平成二〇年六月四日の文部科学委員会で私の質問にたいして森口政府参考人は「今後とも若手研究者の採用を一層すすめてもらうよう働きかけていきたい」と答弁していたが、いつどのように働きかけ何人の就職確保拡大につながったのかも具体的に明らかにされたい。企業による採用をふやすための来年度以降の取組について具体的に明らかにされたい。また、他の先進国に比べても少ない教師や公務員の増員をはかるとともに博士の採用の道を拡げるようにすべきだがどうか。

八、また同日の質問にたいし、森口参考人はテニュアトラック制(ポスドク後に研究職が保障される制度)導入に向けた支援、科学技術関係人材のキャリアパス多様化促進事業など進めていると答弁していたが、どの大学で何人テニュアトラック制が実施されているのか具体的に明きらかにされたい。今後テニュアトラック制による雇用創出をどれだけ生み出していくのか具体的に明らかにされたい。

九、キャリアパス多様化促進事業がどのように取り組まれどのような成果をあげているか具体的に明らかにされたい。博士の就職難は科学技術分野だけではない。この事業の対象を人文・社会科学系にも拡げるようにすべきだと思うがどうか。また採択機関を抜本的に増やすこと、機関間の情報交換、連携・交流を強化すべきではないか。

十、先に大学非常勤講師の例をあげた。非常勤を一五コマ受け持って四五〇万円の手取りではあまりにも安すぎるし専任教員との格差が激しい。一五コマ受け持たなくては生活が維持できないような状態を改善するため、時間単価を引き上げる必要がある。文部科学省として目安をしめすべきだがどうか。専任教員との「同一労働同一賃金」の原則を適用した場合、非常勤講師の一コマ給与をどれだけ確保すべきだと考えるか。

十一、また大学の教育の相当な部分を非常勤講師に依存していることも問題である。先に例としてあげたT氏が授業を受け持っている国立大学では非常勤講師数が専任教員数より上回り、教員数は非常勤講師四に対し専任教員三という割合だった。

政府として、大学教育において非常勤講師が占める割合についてどのような認識をもっているのか。これまで調査をおこなったことがあるのか。さらに今後調査を行う意思があるのか。

十二、非常勤講師は調整弁としてつかわれており人権上の問題でもある。このような安上がりの教育ではなく、非常勤講師が研究者として活動でき、生活が保障されるよう専任教員として採用し身分の安定をはかるべきだがどうか。

十三、大学院博士課程入学者数は、志願者の意思や受け入れ側の条件などから、分野や年度によって変動するのが自然であり、画一的に定員充足率で評価することは大学院教育にとって適切ではない。大学院の定員制度の柔軟化をはかるべきだと考えるがどうか。

十四、高等教育費にたいする公的財政支出が、OECD諸国の平均はGDP比で一.一%であるのにたいし、我が国のそれは〇.五%にしか過ぎない。このことが日本の高等教育の教育と研究にさまざまなゆがみをもたらしている。高等教育費に対する公的財政支出を諸外国並にひきあげ、抜本改善をはかるべきだがどうか。

右質問する。