『読売新聞』2008年10月20日付

女子教育の伝統 連綿と
奈良女子大学 久米健次さん


古都から情報発信

男女の共同参画が叫ばれるはるか昔から、優れた女性を社会に送り続けている奈良女子大学。東のお茶の水とともに国立女子大の双璧(そうへき)を成す。全入時代の激風にさらされる女子教育トップランナーの生きる道は? 来年の創立百周年を前に、久米健次学長に聞く。

(聞き手は本多宏・科学部長)

――国立の女子大学の存在意義とは。

前身の女子高等師範学校時代は教員養成という明確な目標がありましたが、現在は必ずしもそうではありません。特に2004年の法人化後は自ら問い続けていますが、少子高齢化、グローバル時代に活躍する女性を育てるという強い意識があります。

――大学院での研究者や高度専門職業人の養成にも力を入れていますね。

理科系の大学院では男性が多いため、女性が遠慮しがちです。その点では、女性が積極的に学び、人材のすそ野を広げることに貢献してきたと自負しています。旧7帝大などに比べ、大学院の規模は大きくありませんが、例えば、数学と物理専攻の修士課程修了者数は、国公私立大全体の女性修了者の1割以上を占めるという調査もあり、一定の役割を果たしています。

――古都奈良を生かした教育を重視しています。

教室での座学と同時に、現場を知りながら学ぶ動機を持たせるのが大きなテーマです。人材育成と地域の様々な資源を結びつけたいと思っています。生活環境学部の学生らがアイデアを出し、奈良漬の入ったアイスクリームやサブレなどの新商品を開発した「奈良漬プロジェクト」は大変話題となりました。

生活文化や歴史、景観などを3学部が協力して幅広く学ぶ「生活観光」にも取り組んでいます。昨秋の正倉院展では、スタンプラリーの印字面デザイン、町家での研究発表などを学生が企画しました。学生たちが学びながら、奈良からの情報発信に貢献しています。

――大学の国際化への取り組みは。

奈良はシルクロードの東端でもあり、アジア全体を対象に見据えています。大学間の国際交流協定もアジア中心に進め、30校のうち、17校がアジアの大学です。大学院生の1割以上が中国、韓国、台湾などからの留学生で、強い結びつきができつつあります。

また、タリバンの支配で荒廃したアフガニスタンの復興には女子教育が重要との観点から、02年より国内の女子大5校が国際協力機構(JICA)と協力し、女性教員らを短期研修に招いたり、国費留学生を受け入れたりして積極的にサポートしています。

――研究面でも海外に視野を広げていますね。

01年に設置した共生科学研究センターでは、紀伊半島から東アジアを視野に入れた広域的な環境変動に関する研究を行っています。05年に設けた「アジア・ジェンダー文化学研究センター」は、女性の高等教育を発展させるための研究拠点です。インドやパキスタン、新疆ウイグル自治区など広い地域で生活文化を調べています。

――卒業生の結束が強い印象があります。

「佐保会」をはじめとした同窓会活動が活発です。生涯の友人として、家庭と仕事の両立など様々な苦労や喜びを分かち合い、支え合っていることには感激します。ただ、裏を返せば、社会をリードする人材を育成するという教育目標の実現が道半ば、とも言えます。大学として卒業生を含めたキャリア支援ができないかを模索しています。

――学長のリーダーシップとは。

小規模な大学で教職員も少ないので、大学の隅々まで把握し、情報や意識の共有に努めています。「現場を忘れないトップダウン」が理想です。ただ、現場の事情がわかるだけに、急激な改革はやりにくい面があり、学長の危機感が伝わらないこともあります。

――最近の学生をどう見ていますか。

堅実でまじめなのは変わりません。昔に比べ、企画の提案や説明などが上手です。ただ、少し控えめな面があります。高い潜在能力があるのですから、貪欲(どんよく)に頑張る人がもっと増えてほしいと思います。

くめ・けんじ

鳥取市出身。京都大理学部卒。奈良女子大理学部助手、助教授を経て、1992年に教授。副学長などを歴任し、2003年から現職。専門は原子核物理学。59歳。