『日本経済新聞』社説 2008年10月9日付

日本を元気づける連続受賞


連日の朗報である。ノーベル物理学賞に続き化学賞でも日本人の下村脩ボストン大学名誉教授の受賞が決まった。物理学賞、化学賞のダブル受賞は6年前と同じだが、科学分野で日本の受賞者が合計4人も出れば快さいを叫ばずにはいられない。

化学賞の受賞理由は「緑色蛍光たんぱく質GFPの発見と開発」。GFPの発する明るい緑の光は、生物の組織や細胞の複雑な動きを読み取る目印として活用されている。

下村名誉教授は米国留学中の1962年にオワンクラゲから発光物質のGFPを世界で初めて分離し、イクオリンと名付けた。それまで生物発光は、ホタルと同じようにルシフェリンとルシフェラーゼの反応によるとされていたが、GFPは発光の仕組みも違う新物質だった。

GFPの光を目印として利用し、生物の生きた組織の挙動を精密に追跡する仕組みを、同時に受賞が決まった米国の2人の研究者が開発した。アルツハイマー病で神経細胞が壊れていく経緯や、膵臓(すいぞう)でインスリンをつくるβ細胞の動きの分析など、GFPは人類にとっての難敵の病気を科学的に解明するうえで強力なツールとなっている。

下村名誉教授はGFPの発見後帰国して、名古屋大の助教授になり、60年代半ばには厳しいが研究に専念できる「競争的環境」を求め再び米国に渡る。昭和天皇も訪問されたウッズホール海洋生物学研究所などで研究を続けた。物理学賞の受賞が決まった米国籍の南部陽一郎シカゴ大学名誉教授と同じ頭脳流出組だ。

下村名誉教授は旧長崎医科大学出身でほとんどが旧帝大出身という日本人受賞者のなかでは異色。実力で世界的成果を上げ、評価されたことは地方大学を大いに元気づけよう。

物理学、化学両賞で日本の4人が受賞した喜びは尽きないが、 賞は過去の業績に対して贈られる。両賞とも評価された業績は60―70年代の研究。いずれも受賞者が若いころに上げた成果だ。その意味では好奇心と情熱のあふれる若い研究者が伸び伸びと研究ができる環境を整えることがいかに大事かも教えている。

科学技術力は研究者の層の厚さに比例する。受賞に浮かれず、若手研究者育成に力を注ぐことが重要だ。