『朝日新聞』2008年10月6日付

育児中も論文を


大学で女性教員の占める割合が高くなっている。文部科学省が9月に発表した07年度の学校教員統計調査によると、学部で初めて2割を超えた。キャンパスに保育室をつくったり、午前9時から午後5時の勤務を徹底したり。女性が働きやすい環境を整えようと、大学側も様々な取り組みを進めている。

「ミルクを作るから待っていてね」

9月18日午後、京都大学(京都市左京区)のキャンパスの一角にある「保育室」で、女性2人が赤ちゃん3人の世話をしていた。赤ちゃんは昼寝をしたり、おやつを食べたり。木製のおもちゃなどに囲まれ、安心した表情に見える。

保育室は、年度途中の出産や、転勤で乳児を保育園に途中入園させるのが難しい女性研究者らを支援しようと、昨年12月につくられた。

「女性研究者支援センター」の1階にあり、この日は3カ月と5カ月、1歳の赤ちゃんが利用していた。運営は外部の業者に委託し、保育士らが交代で世話をする。利用料は月5万円だが、日本物理学会などで男女共同参画の推進にかかわり、センターの運営を任されている登谷美穂子特任教授は「多くの人がありがたがって利用してくれている」と話す。

女性研究者の少なさに危機感を持った京大が、センターを設置したのは06年9月。「相談・助言」「交流・啓発・広報」など4本柱の事業の中でも保育面の支援の充実ぶりが目立つ。稲葉カヨ・センター長によると、研究の世界では、「遅れたくない」という気持ちから「出産しても育児休業を取りたがらない傾向がある」。こうした思いに配慮し、家庭と研究の両立を可能にするためだ。

昨年2月にできた病児保育室は、多い月には平均で日に3人を超える利用がある。医学部付属病院の小児科医を兼任で置くなど、大学ならではの利点も生かした。10月から「お迎えつき保育」も始める。

ただ、京大の教員(助手を含む)のうち女性は212人で、全体の7.4%(07年5月1日現在)に過ぎない。さらに職階が上がるにつれて割合は少なくなる。稲葉センター長は「大学の意思決定にかかわれる女性はまだわずかしかいない」としたうえで、「女性が増えれば、授乳室など両立を支える場を整備しやすくなるし、声を上層部に上げていく力にもなる」と期待を込める。

■支援した5人に成果

早くから女性の支援に力を入れてきたお茶の水女子大学(東京都文京区)は、女性研究者に適した「雇用環境モデル」づくりを進める。06年に学内公募で5人の理系研究者を選び、どのような環境が整えば女性が働きやすいかを検証する取り組みだ。

5人はいずれも小学生以下の子どもがいる。立場も助教から教授までさまざまだ。9時〜5時勤務の徹底、学会や研究会の際に子ども同伴で泊まれる宿泊施設の整備、研究補助者の配置といった支援策を次々と打ち出してきた。

結果は現在、分析中だが、目に見える成果も出ている。羽入佐和子副学長は「通常、(グラフの形から)『M字形』と言われ、子育てをすると論文や研究発表の数が一時的に減るとされるが、彼女たちは維持するか向上したことがわかった」。

同大では、研究職を目指す女性への啓発にも力を入れる。9月24日には、「手本」となる同大の女性名誉教授6人との交流会を開催。松田千鶴子名誉教授(数学)は「研究や育児で挫折を感じてもあまり落ち込まず、発想の転換を心がけてほしい」と参加者に語りかけた。

郷通子学長は「私自身、子育てをしながら研究し、教えてきた。先輩女性がアクティブに研究している姿を見れば、学生も『自分もできるんじゃないか』と思う。先生方のそうした姿を見てもらうことが大事」と話す。08年度の女性教員比率は47.6%で04年度より約9ポイント上がり、全体の半数近くになった。

■男女問わず交流会も

早稲田大学(東京都新宿区)は07年に男女共同参画宣言を発表し、教職員らの男女比「格差」の是正を目指してきた。

今年9月25日には、取り組みの中心となる「キャリア初期研究者両立サポートセンター」を大久保キャンパスに開設。男女を問わず、研究職について間もない人を主な対象に、子育ての相談に応じたり、交流会を企画したりする。くつろぎやすい畳の部屋や授乳室も設けた。

男女共同参画推進室の浅倉むつ子室長は「マンモス大ゆえ、ほかの研究者で出産などを経験した人の姿が見えず、孤立感を深めてしまうこともあった。同じ境遇にある人の交流の場を設け、情報交換できるようにしたい」と話した。

他にも産休を取る際の代替要員の費用を、所属部局ではなく全学予算から出す制度などを導入し、支援を進めている。目標とする女性教員の比率は25%(理工系は15%)という。

浅倉室長は「いろいろな人が研究に携わることは学問の幅を広くするし、深化させる。そして、女性にとっての環境改善は男性にとっての改善にもつながる。決して女性のためだけに男女共同参画があるわけではない」と強調する。(大西史晃)

    ◇

■女性教員2割超 大学側は環境整備

文科省が公表した07年度学校教員統計調査では、国公私立大の学部の女性教員の割合は21.2%。04年度より3.1ポイント上がり、初めて2割を上回った。大学院、短大、高等専門学校のいずれも04年度の調査より高くなっている。文科省調査企画課は、女性の高等教育機関への進学率が上がっていることや、支援制度が整って社会進出が進んでいることが背景にあるとみている。

99年の男女共同参画社会基本法の制定を受け、国立大学協会は翌年、10年までに各会員大学の女性教員比率を20%にするという目標を掲げた。

しかし、07年夏に行った調査では、助手を除いた教員の女性比率は11.4%にとどまっている。