『朝日新聞』2008年8月25日付

教員にも通信簿


各教員の業績を段階や数値ではじき出す個人評価制度を導入する動きが、大学で広がっている。日本では「客観性に疑問」「順位付けにつながる」と根強い反対があったが、少子化やグローバル化を受け、学生サービス改善や教員資質の向上といった時代の要請に一斉に応え始めた格好だ。給与や人事査定に直結させる大学も出始める一方で、過度の「市場原理」の浸透を懸念する声も漏れる。(石川智也)

◆自己評価 上司が加減点

「1年分記入するだけで一日仕事。印刷すると100ページ以上だよ……」

岡山大(岡山市)のある研究室。パソコンに向かう40代男性教授の口調は愚痴めいている。

同大が04年度から本格実施した個人評価制度は、教授から助手までの全専任教員約1300人が対象だ。教育、研究、社会貢献、管理・運営の4領域ごとに、学部長や研究所長が前年度や過去数年の活動を3段階評価。4段階の総合評価も行う。基になる自己評価の提出期限が9月末のため、夏季休暇中の今が記入の追い込み期。項目は膨大だ。

教育方法や達成度、論文や著作の内容のほか、研究資金の獲得、審議会への参加、などを400字以内で埋めていく。それら「業績」の配点は細かく決まっていて、授業は1コマ1点、論文指導は修士1人が1点、博士1.5点。さらに、学会発表1点、公開講座2点……。学生の評価や医学部付属病院での診療活動も点数化される。

それぞれを学部長が加点・減点し、各教員ごとの最終的な総合点が積み上げられる。学部長の手元には全員の「順位」が入ることになるが、本人に通知されるのは段階評価だけ。「1」の「改善を要する・問題あり」と評価された教員は改善計画書の提出を求められる。

岡山大がこの制度の試行に踏み切ったのは02年。長崎大などとともに国立大では最も早かった。米国の大学を参考に当時副学長だった千葉喬三学長が音頭を取ったが、教員有志は度々「公平な評価は困難」「大学の自由や多様性を失わせる」などと懸念を表明した。

当時は一助教授だった神崎浩・農学部長は「研究面はともかく、教育が数値化されることへの根強い反感があった」と話す。「ただ、大学教員に必要なのは特定の領域に偏らないバランス。明らかに改善が必要な人もおり、底上げの効果はあると今は理解されている」

昨年度からは新たに、最終的な総合点を昇給や勤勉手当の差に反映させる制度も導入した。個人評価は絶対評価のため上位2段階で教員全体の95%を占めたが、給与査定は必然的に相対評価になる。

千葉学長は「主目的は待遇査定ではなく、あくまで説明責任と自己改善」と説明する。「個人評価は店の領収書と同じ。クライアントである学生の授業料と税金で成り立っている以上、活動を目に見える形で示す義務がある。プロ意識を高め、国際的な競争の中で大学全体が信用を得るためにも、必須だ」

各教員が記入した自己評価はホームページで公開しているが、いずれは段階評価や総合点の公表も検討するという。

◆年棒に格差 250万円も

年俸制などと直結した、より厳格な成果主義の導入も進む。

高知工科大(高知県香美市)の今年度の専任教員の給与は、最大250万円の開きがあった。03年度に始めた教員評価はやはり、1点単位の細かい制度。昨年度は約50人の教授の間で700〜2500点と大きな差が出た。この3年分の「成績」で4年目の年俸が決まる。

年俸制適用は希望者のみで、当初は2割ほどが反対していたが、現在は152人の教員のほとんどが適用を受けている。

首都大学東京(東京都八王子市)も昨年度から、評価制に基づく任期制、年俸制を本格実施している。「特に優れた水準」Sから「相当の改善を要する」Cまでの4段階で評価し、上位1割の教員には業績給に標準額の15%を加算。Cの教員は逆に15%減らす。任期は基本的に5年で、C評価が続き改善努力が見られなければ再任しない。

「評価・任期・年俸が三位一体であることに特徴と意義がある」(人事課)という。

◆国立は9割導入 法人化後に加速

個人評価制度の全国状況を調べている大川一毅・岩手大准教授によると、国立大での導入がより進んでいる。国立大は法人化後、中期計画の達成度を検証されることになったが、多くの大学が計画に個人評価の検討を盛り込んだためだ。積極的に導入している大学が法人評価委員会から高評価を得ているという背景もある。

大川准教授と奥居正樹・広島大准教授による今年1月の調査では、全国国立大の87%が個人評価を実施しており、06年の48%から急増した。

ただ、実施した評価が反映される分野については、41%の大学が「検討中」とし、評価を活用しきれていない実情も浮かぶ。

制度導入にあたり障害・課題となった点については、46%の大学が「昇給・昇進への反映」を挙げ、「労力・コストの増加」(51%)に次いで多かった。評価結果が人事・給与査定に利用されることへの危惧(きぐ)が、教員の間で依然として高いことを物語る。

大川准教授は「導入自体が目標だった段階は終わった。ただ、米国のように、結果を個人に帰(き)し、解雇も引き抜きも当たり前という世界がよいとは思えない。各大学は、評価結果を大学の責任でとらえ、組織改善にいかす態勢を整えるべきだ」と指摘する。