『毎日新聞』2008年7月8日付

新教育の森:教育振興基本計画 文科省案大幅後退、好転へ期待感薄く


◇財政の論理に反論できず

政府が1日に閣議決定した教育振興基本計画は「10年で世界トップの学力水準を目指す」などの理想を提示したが、教育予算や教職員定数増の数値目標は盛り込まれなかった。財政の論理を最優先にした基本計画で本当に日本の教育は立て直せるのか、教育現場には不安も広がる。【加藤隆寛】

◆数値目標記載なし

文部科学省は数値目標について「教育予算増の足がかりに」と意気込んでいた。しかし、財務省、総務省、与党の行政改革推進派議員らの強い反対に屈した。むしろ、「国は教育に金をかけるつもりがない」とのメッセージを国民に伝える結果に終わった。

当初の文科省案から大幅な修正・削除を余儀なくされたのは、注目を集めた「教育予算をGDP(国内総生産)比5%超に」「教職員定数2万5000人増」という二つの数値目標だけではない。

例えば、文科省案にあった「幼児教育の無償化に向けて検討する」は「無償化について検討しつつ、幼児教育の振興を図る」と、「向けて」を削ることでニュアンスが弱められた。「道徳教材の国庫補助制度を早期に創設する」は「補助制度などの方策を検討する」に、「学生などへの経済的支援を拡充する」は「経済的支援を行う」に変わるなど、表現を弱めた個所が相当数に上った。

このため、多様な施策は並んでいても変化への期待感を抱かせない。予算の裏付けも乏しい。財務省などの意向で「国の財政は大変厳しく、新施策を講じるには既存施策の廃止・見直しを徹底すべきだ」と、予算削減を進めるかのような表現まで追加された。

文科省の銭谷真美事務次官は会見で、「(交渉に)反省すべき点がある。もっとエビデンス・ベースド(証拠に基づく)というか……。諸外国との比較、分析に改善の余地があった」と唇をかんだ。

◆現場に不満と危機感

指導内容や授業時間数の増える新学習指導要領の先行実施を来年度に控え、教育現場はどう受け止めているのか。東京都内の公立中学校の校長は「教育があまり必要とされていないのかと思ってしまう」と話す。「現場は余裕がないが、国からは『与えられた物と人で何とかしろ』と言われている気がますますしてくる。実際には、2万5000人の増員でも足りないくらいだ」と不満を語り、「子どもが国の宝だと思うなら条件整備してほしい。教員希望者がどんどん減ってしまう」と危機感を示した。

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◇教育振興計画要旨
■教育をめぐる現状と課題

子どもの学ぶ意欲や学力・体力の低下などが課題。少子高齢化が急速に進む。改正教育基本法の理念の実現に向け、改めて「教育立国」を宣言し、教育の振興に向け社会全体で取り組む必要がある。

■今後10年間を通じて目指すべき教育の姿

(1)義務教育修了までに、すべての子どもに自立して社会で生きていく基礎を育てる

▽公教育の質を高め、信頼を確立する。世界トップの学力水準を目指す。

▽社会全体で子どもを育てる。家庭の教育力を高める。

(2)社会を支え発展させるとともに、国際社会をリードする人材を育てる

▽高校や大学における教育の質を保証する。

▽世界最高水準の教育研究拠点を重点的に形成し、大学などの国際化を推進する。

■今後10年の教育投資の方向

教育への公財政支出が未来への投資であることを踏まえ、欧米主要国を上回る教育の内容の実現を図る必要がある。諸外国における教育投資の状況を参考の一つとしつつ、必要な予算について財源を措置し、教育投資を確保していくことが必要。

■今後5年間に総合的かつ計画的に取り組むべき施策

<基本的方向>

(1)社会全体で教育向上に取り組む

(2)個性を尊重しつつ能力を伸ばし、個人、社会の一員として生きる基盤を育てる

(3)教養と専門性を備えた知性豊かな人間を養成し、社会の発展を支える

(4)子どもたちの安全・安心を確保するとともに、質の高い教育環境を整備する

<特に重点的に取り組むべき事項>

■確かな学力の保証

▽新学習指導要領の円滑実施を図るため、教職員定数の在り方など教育を支える条件整備について検討する。

▽児童生徒の学力状況を把握するため全国学力・学習状況調査を継続的に実施。

■豊かな心と健やかな体の育成

▽道徳教材が十分活用されるよう、国庫補助制度などの有効な方策を検討。伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うため、伝統・文化を継承・発展させる教育を推進する。

▽子どもの体力の85年ごろの水準への回復を目指す。

▽いじめ、不登校、自殺などへの対応の推進を図る。

▽認定子ども園の認定件数2000件以上を目指し、制度改革に取り組む。

■教員が子ども一人一人に向き合う環境づくり

▽メリハリある教員給与体系の推進、教員養成課程や採用方法の改善、厳格な人事管理や研修の充実の促進、免許更新制の円滑実施のための取り組みを行う。

▽教職員配置の適正化を行うとともに、退職教員など外部人材の積極的活用、地域住民による学校支援などを支援。

■手厚い支援が必要な子どもの教育の推進

▽障害のある児童生徒の「個別の指導計画」作成を促す。

▽不登校の児童生徒への学校内外における相談体制整備を進める。

■地域全体で子どもたちをはぐくむ仕組みづくり

▽全国の中学校区で学校支援地域本部などの取り組みを促す。

▽全国の小学校区で、放課後子どもプランなどを通じ、学習や体験活動の場づくりが実施されるよう促す。

■キャリア教育・職業教育の推進と生涯を通じた学び直しの機会の提供推進

▽職場体験活動などキャリア教育の推進。すべての専門高校において職業教育の活性化を促す。

▽大学などにおける実践的な職業教育を促す。

▽生涯学習ニーズに対応し、大学・短大、専修学校などに社会人受け入れに必要な環境の整備を促す。

■大学などの教育力の強化と質保証

▽学士課程で身に着ける学習成果(学士力)の達成を目指し、各大学などで教育内容・方法の改善を進めるとともに、厳格な成績評価システムの導入や、教員の教育力向上のための取り組みを支援。

▽大学間連携の取り組みが充実するよう支援。学部・研究科を共同設置できる仕組みを08年度中に創設。

■卓越した教育研究拠点の形成と大学などの国際化推進

▽11年度までに、世界最高水準の卓越した教育研究拠点の形成を目指し150拠点程度を重点的に支援。

▽20年の実現をめどとした「留学生30万人計画」を関係府省が連携して計画的に推進。

■安全・安心な教育環境の実現と教育機会の保障

▽大規模地震で倒壊危険性が高い小中学校施設約1万棟について、優先的に耐震化を支援する。

▽私学助成、学校法人への経営指導などにより私立学校の教育研究の振興を図る。

▽幼児教育無償化の歳入改革にあわせた総合的検討や就学援助、奨学金などを通じ教育機会の保障を図る。