『朝日新聞』2008年7月7日付

〈学長力〉国際時代の指導力は? 国内外4大学のトップに聞く


グローバル化の波が押し寄せる大学で、学長のリーダーシップはどうあるべきか。そして、日本政府が掲げる「留学生30万人計画」の成否は――。環太平洋諸国の37大学が加盟する環太平洋大学協会の学長会議が日本(慶応大)で開かれたのを機に、シンガポール国立大、豪シドニー大、ロシア極東国立総合大の学長と、協会の新会長に選ばれた慶応大の安西塾長の4人に話し合ってもらった。(司会は編集委員・山上浩二郎)

――大学の特徴は。

ウラジーミル・イワノビッチ・クリロフ(ロシア極東国立総合大学長) 1899年に設立されたロシア極東部で初めての高等教育機関だ。学生数は4万1千人以上、教員は5千人ほどいる。ロシアでは政府が06年から優秀な17大学を選んで発展させる政策をとっていて、その4位に選ばれた。教育の国際化にも力を入れていて、とくに日本関係のプログラムはロシア最大で、北海道函館市には分校もある。

シー・チョーン・フォン(シンガポール国立大学長) 小国家シンガポールの若者たちを、刻々と変わる世界情勢に対応できる人材に育てようとしている。そのためにはまず、何かに卓越させることだ。さらに世界中のいろいろな大学と交換留学プログラムを持っていて、少なくとも学生の50%は1カ月以上参加している。

ギャビン・ブラウン(豪シドニー大学長) 1850年創立のオーストラリアで最初の大学で、学生数は4万7千人だ。研究、教育環境、学生の体験・経験が三本柱。とくに三つ目を重視していて、討論、スポーツ、演劇などに取り組むのを積極的に勧めている。

――英紙タイムズの別冊高等教育版などが発表している「大学ランキング」をどうみていますか。

シー ランキングはいろいろある物差しの一つにすぎない。目で見える、さわることのできる要素だけで測っているが、教育はもっと長期的な視野で見なければならない。ランキングを気にしすぎて、本来の教育の目標を見誤ったり、使命を変えたりしてはいけない。

ブラウン ただ、ランキングには有効な時もある。まず政府などの補助金を獲得する際に意味を持つ。さらに世界の研究機関や大学と協力を進める際の一つの指標になり得る。私たちは7年前、「国内で1位、アジアで5位、世界で40位以内」という目標を掲げた。

安西祐一郎(慶応大塾長) 「たかがランキング、されどランキング」だ。慶大への評価を徹底的に分析してみた結果、留学生や外国人教員を増やすなど、もっと国際化する努力が必要だということがわかってきた。短期的にはいい目標ができた。

クリロフ タイムズと上海交通大学のランキングが異なるように、どんなランキングも決して完全ではない。ただ、教育や研究の質について、どこを伸ばしたらいいかを考える一つの参考にはなる。

――大学の意思決定が重要になる中で、学長のリーダーシップはどうあるべきでしょうか。

ブラウン どの学長もボトムアップの意思決定が大事、と言うでしょうが、おそらくウソをついていますよ(笑い)。冗談はさておき、大学の伝統を尊重するなら、いろいろな人の意見を聞いて、決して意思決定を急ぐべきではないのだろう。だが、いまや大学は巨大なビジネス組織になりつつある。例えば、私の大学なら14億豪ドル(約1500億円)の予算規模をもち、6千人近いスタッフを抱える。学長は最高経営責任者(CEO)のように、強力にリードする必要性も出てきている。

シー 賛成だ。今の大学は企業的な色合いが濃くなっている。私たちの大学も予算規模は12億シンガポールドル(約1000億円)で、何十億シンガポールドル規模の建設計画もある。研究でも商業化できるものはしていくという動きが強まっている。以前は学長といえば学者だったが、いまや学長は「学者プラスCEO」になっている。もう少し進むと「CEOプラス学者」になり、もっと進むと「社長」になるかもしれない。

クリロフ 私は学長を18年やっているが、5年ごとに教授や学生らからなる会議の選挙で選ばれている。学長には5年先、10年先を見据えて、大学を発展させる戦略的なアイデアを考える責務があるだろう。

――日本政府は最近、「留学生30万人計画」を掲げた。留学生を受け入れるメリットは。

クリロフ 大学の存在意義の一つは国際化で、私たちも教授陣50人を英国、中国、日本などから招いている。留学生は800人で、日本人が3割、韓国人が3割、中国人が25%。北朝鮮からの学生もいる。最初は互いに警戒していた彼らも数カ月で友人になる。最も重要なのはこういった効果だ。

シー 私たちの大学も学生の3割が留学生で、出身地は90カ国。地元出身の学生と寮で一緒に暮らすことで互いに異文化体験をし、教育体験を豊かにしている。また、留学生のかなりの割合が、卒業後も残ってシンガポールの経済を支えている。

ブラウン 私の大学では、約4千人の中国人を含め、留学生が全体の15%を占める。日本について言うと、今年初めて、東北大から25人を5週間のプログラムで迎え入れ、前半の2週間は英語を、後半の3週間はそれぞれの専攻を学んでもらった。このような体験をすれば、大学院に進学するとき、シドニー大を選ぶ人がいるかもしれない。だから文化的な交流は大事だ。

安西 日本の大学の国際化を迅速にするのに留学生を増やすというのは有効だ。日本はシンガポールやオーストラリアなどに比べて人種や言語の多様性が圧倒的に少なくて均質だ。でも今後は日本人もグローバル化した社会で生きていかなければならないのだから、若い人たちには早い段階から留学生と交流し、多様なモノの見方や考え方を身につけてもらいたい。

――学生を送り込む側から見て、日本は魅力的ですか。

クリロフ 私たちの大学からは函館校や金沢、東海、創価といった日本の大学にロシア人学生を送り込み、日本語や日本文化だけでなく、海洋生物学なども学ばせてもらっている。修士や博士まで取る学生もいて、まったく問題はない。

シー 日本への留学では、日本語が非常に大きな障害になって立ちはだかる。さらに日本の文化やコミュニケーションには微妙なところがある。オーストラリアや米国に留学する場合とは違うので、トップレベルだけでなく普通のレベルの学生も受け入れようというなら、さらなる工夫が必要だろう。

ブラウン 日本の科学技術は優れているので、研究レベルの学生を日本に送るのはちゅうちょしない。ただ、日本の学生がこちらに来ると非常におとなしいと感じる。だから、遠慮がなく、マナーがなっていない若い学生を日本に送るのはちゅうちょします(笑い)。

安西 日本は豊かな文化を持ち、グローバル化も進んでいて、若い人を引きつける魅力もある。言語の障壁はあるが、慶大には英語だけで学べる講義も300くらいあるし、昨年は環太平洋大学協会の博士課程院生を招いた会議も開いた。今後もさらに努力を続けていく。

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構成は杉本潔、石川智也、葉山梢、山本晴美が担当しました。