『愛媛新聞』社説 2008年6月24日付

医学部定員増 目先の危機にも対処を怠るな


政府がかたくなに続けてきた医師数の抑制方針から、ようやく舵(かじ)を切る。

大学医学部の定員を過去最多だった一九八一年の約八千三百人程度にすると、骨太の方針に明記する。ことしより五百人の増員で、さらに上積みする可能性もある。

政府は八二年に医師抑制を決め、九七年には閣議決定でも確認した。人口比では経済協力開発機構(OECD)加盟国で下位になり、国際水準に追いつくにはあと十三万−十四万人必要とされる。

しわ寄せはとりわけ地方の小児科や産科、救急部門で顕著だ。国民皆保険のもとで世界に誇ってきた医療制度の危機で、放置できない。

政府の方針転換に先立ち、すでに愛媛大などは緊急的に定員を増やしている。定員の一部を地域医療の担い手育成枠とする試みもしている。一方で、県立の五病院に限っても麻酔科を中心に三十人近く足りない現実がある。

こうした状況は幾重もの悪循環を招いている。過重労働で勤務医が次々やめ、残った医師をいっそう追い込む。さらに、患者が減って病院経営を悪化させている。

それでも厚生労働省は、問題は地域や診療科ごとの偏在だとして絶対数不足を認めてこなかった。医師を増やせば医療費が膨らむとの考えが根底にある。これには因果関係を否定する見方も根強い。何より現状では「民滅んで制度あり」になりかねない。

ようやくとはいえ認識を根本的に改め、増員に踏み切るのは英断といっていい。

ただし、増員の規模や財源には不透明な部分が残る。

医師数自体はいまも毎年三千五百−四千人増えている。適正規模を見きわめるよう綿密な将来推計が不可欠だ。

福田康夫首相は社会保障費の伸びを毎年二千二百億円圧縮する小泉政権以来の方針を踏襲する考えだ。だが、ひずみの噴出ぶりを見ると機械的抑制は限界と思わざるをえない。医師不足対策を担保する意味でも徹底論議したい。

医学部の定数を増やしても養成には十年ほどかかる。目先の危機への対処も手綱を緩めず進めてもらいたい。

一つには厚労省のいう偏在解消がある。地方へ医師を派遣してきた大学の医局は、研修先を自由に選べる新臨床研修制度で自ら医師不足に陥った。是正が急がれよう。

ことしの診療報酬改定では勤務医と開業医の格差解消が一部にとどまり、勤務医の待遇改善の政策的誘導としては踏み込み不足だった。出産などで退職した女性医師らを県が設けているようなドクターバンクと結びつけ、活用していく方策も有効だろう。

政府の決断を、あらゆる対策で危機に歯止めをかけるターニングポイントにしたい。