『中国新聞』社説 2008年6月22日付

医師増員 偏在なくす対策も急務


地方を中心に深刻化する医師不足の現状を考えれば、もっと早く政策転換すべきではなかったのか。大学医学部の医師養成数を抑える政策を取り続けてきた政府が、ようやく定員増にかじを切った。現行の定員を五百人以上引き上げて、過去最多の水準にするという。

大学医学部は国公私立合わせて八十ある。入学定員は一九八一〜八四年の約八千三百人をピークに減り、今年は約七千八百人。緊急医師確保対策などで昨年より二百人増えたものの、八千人を割り込んでいる。

政府が抑制策にこだわってきたのは、「医師が過剰になれば、医療費が膨らむ」との懸念が背景にあるようだ。橋本内閣の財政構造改革の一環として九七年に「大学医学部の整理・合理化も視野に、引き続き定員の削減に取り組む」と閣議決定。小泉改革にも引き継がれてきた。

医師の総数は年々増えている。しかし、人口千人当たりの数でみれば、ドイツやフランスの三・四人に対し日本は二・〇人。経済協力開発機構(OECD)に加盟する三十カ国中の二十七位にとどまる。医師過剰を招くという従来の政府の主張は、説得力に欠ける。

将来的に医師数を増やすという点で、政府の削減方針撤回は前進だろう。一方で、若手医師が大都市に集中したり、産科や小児科が敬遠されたりする「偏在」に対しては、それほどの効果を期待できまい。

とりわけ気に掛かるのが、この十年余りの間に、三十歳代男性の病院勤務医が約八千人も減っていることである。過酷な勤務にあえぐ働き盛りの医師が、たまりかねて病院を去るケースも少なくない。

広島県内では、人口十万人当たりの実働医師数が全国で唯一、減少に転じた。診療科の廃止や縮小も相次ぐなど極めて深刻だ。「医療崩壊」が始まっているともいえよう。

厚生労働省が今月まとめた「安心と希望の医療確保ビジョン」は、医師増員に加え、当面の対策も盛り込んだ。医師臨床研修制度の見直し、女性医師が出産・育児と仕事を両立できる短時間勤務の導入、過重な負担を軽減する交代勤務制…。財政措置はもとより具体的な道筋を示すべきだ。

「医師の数を増やすだけでは解決しない」との声も聞かれる。問題の根っこにある医療費の抑制政策を続けるのか。政府の姿勢が問われる。