『北海道新聞』社説 2008年6月23日付

医療ビジョン 定員増だけで事足りぬ


医師不足の解消に向けた「安心と希望の医療確保ビジョン」を厚生労働省がまとめた。

大学医学部の定員増が柱だ。地方を中心にした深刻な医師不足を考えると、医師数の増加対策は当然で、むしろ遅すぎたくらいだ。

ただ、医師を増やしただけでは問題は解決しない。医師を過不足なく、全国にどう行き渡らせるかという視点が必要だろう。ビジョンにはそれが欠けているようにみえる。

大学医学部の定員は、一九八〇年代前半の約八千三百人をピークに減少に転じ、二〇〇七年には七千六百人にまで減った。医師の需要予測をもとに、政府が一九八二年に医師の抑制方針を、九七年には削減方針をそれぞれ決定したためだ。

確かに、医師の数自体は、毎年三千五百人から四千人のペースで増えている。

それでも医師不足と言われるのは、医師が大都会などでの開業医に偏り、地方の中核病院などに勤務する医師が必要数を満たしていないからだ。道が最近まとめた調査結果でも、道内の病院の36%が「緊急に常勤医が必要」と答えている。

勤務医不足の背景にあるのは、宿直明けの通常勤務など、多くの医師が過酷な勤務を強いられていることだ。厳しい勤務環境から、病院を退職し、開業に転じる医師が増えている。それが、勤務医の労働条件をさらに悪化させている。

打開策として、ビジョンは「非常勤医師の活用により地域医療を支える多様な勤務形態の導入」をうたうが、そもそも、こうした出張医となる人材すら足りないのが、大都会から離れた地方の実情だ。

不足がとくに目立つ小児科や産科への目配りも薄い。たとえば、産科について、医師との連携で助産師が正常分娩(ぶんべん)を扱えるよう、院内助産所などを導入するとしている。

だが、地方には医師の辞職で産科が休診に追い込まれた病院は少なくない。連携すべき医師が不在なのだ。厚労省は地方の実態を十分に把握しているのだろうか。

医師不足に拍車をかけたのは〇四年に始まった新臨床研修制度だ。新卒医師の研修先が、都市の民間病院に集中、出身大学が医師確保のため、地方の自治体病院などに派遣していた医師の引き揚げを始めた。

この連鎖を断ち切らねばならない。ビジョンでは是正策として「医師不足が深刻な診療科や地域医療への貢献を行う臨床研修病院等を積極的に評価」「研修医の受け入れ数の適正化」を掲げる。

これをどう肉付けしていくか。地方の実態に沿った検討が急務だ。