『朝日新聞』2008年6月23日付

学士の質 どう保証


学部(学士課程)教育を根本から見直すよう、大学への圧力が強まっている。中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は「学士力」、経済産業省は「社会人基礎力」という新たな言葉をつくり、大卒の学士が身につけるべき知識や能力の指針づくりを進める。「大学全入時代」が迫る中、学士の質保証を求める声が強まっていることなどが背景にある。

◆国の基準提示に反発も

「学士」と言っても学部で学ぶ内容や水準は様々で、一定の質が保証されているわけではない。文科省は日本学術会議に依頼し、学部教育で目指す目安をまとめる方向。経産省も近く大学と協力して社会人として身につけるべき「基礎力」を示し、その点検表を発表する。これに対して大学からは、外からの一律的な基準だと、自律性を損なう恐れがあるとして懸念も出ている。

学部教育の在り方を議論している中教審は、3月の中間報告で「我が国の大学の大きな問題の一つは教育内容・方法、学修の評価を通じた『質』の管理が緩いこと」と指摘。学士力は、その質を保証するために必要な新たな考え方として登場した。「個別のスキルではなく、それらを総合的に使って課題を解決する能力」と担当者は言う。

具体的には「コミュニケーションスキル」「情報リテラシー」「自己管理力」など4分野13項目を参考指針として中教審は提示。今後、学術会議と協力して経済や物理といった分野別の質保証の仕組みもつくる方針で、到達目標の設定や各大学共通の「コア・カリキュラム」の策定などを想定する。

ただ、この仕組みは使い方によっては大学の自助努力を損なうことになりかねない。5月にあった大学関連団体からのヒアリングでは、指針を含む中間報告の方向性に懸念の声が相次いだ。「大学に(学習)指導要領のようなものを導入されては困る」「分野別の到達目標の設定などが他律的かつ一律的な教育の標準化につながる懸念をふっしょくできない」という声だ。

公立大学協会の佐々木雄太会長は質保証に向けた改革の必要性は認めつつ、「例えば、コア・カリキュラムが各大学のシラバス(詳細な授業計画)に入り込んできた場合、大学の独自性を失いかねず、21世紀型の教育から逆行する」と指摘する。

今月3日、文科省から審議の依頼を受けた学術会議の金沢一郎会長は「各大学が特徴を出して学生を引きつけることは大事だが、あまり勝手なことばかりやってもらっては困るというのが今回の趣旨。ただ、一つの考え方を押しつけるわけにもいかず、どこまでを『コア』とすべきか突っ込んで考えていくと非常に難しい」と話す。

中教審もこうした声には配慮を示す。今月12日に示された答申案には、「大学の個性化・特色化に伴う『教育の多様性』の確保に配慮する」という文言が新たに盛り込まれた。

◆企業、社会人能力要求

経産省の「社会人基礎力」も基本的な発想は似ている。「課題発見力」「主体性」などの評価基準を設定し、学生がどの水準に達しているのか一目でわかる点検表「プログレスシート」をつくり、公表する。

基準をもとに学生など大学側が達成度を書き込み、企業が採用の際に役立てることを想定。すでに先行し、7大学と協力してモデル事業を進めている。

経産省によると、「社会人基礎力」は、企業の人事担当者らの話がヒントになった。大学を卒業したのに必ずしも社会人に必要な能力に達していない人が少なくない。そのため、採用する企業側も大学側も、大学での教育や達成度を客観的に評価する基準を考えたという。担当者は「社会人にとって最低限必要な基礎力をつけるよう大学教育も変わってほしいし、企業も大学で身につけたことをきちんと評価するようになって欲しい」と話す。評価基準やプログレスシートは同省のホームページで公表し、小冊子にして関係者に配布する予定だ。

大学教育の底上げや見直しについての外部からの要請と大学自身の自主性。学士力、社会人基礎力もその微妙なバランスの上に立っている。ライセンスアカデミー進路情報研究センターなどが昨年11月、全国の国公私立大を対象に行った学士力に関するアンケートでは、回答した155大学の98%が「卒業までの到達目標を明確化しなければならない」、94%が「指針は参考になる」とした。だが、4割が「国から提示されるべきことではない」とも回答している。(編集委員・山上浩二郎、大西史晃)