『朝日新聞』2008年6月16日付

国立大に広報の「プロ」 広告会社・予備校…民間から続々


国立大学で、広報担当者に学外から「プロ」を招く動きが広がっている。広告会社、民間企業の広報担当、科学ライター、予備校・受験産業など、出身はさまざま。少子化や法人化で広報の役割が高まるなか、それぞれの持ち味を生かしながら大学のPRに努めている。(杉本潔)

■報道資料改善、注目アップ

今年4月、信州大の広報・情報室長に就任した伊藤尚人さん(49)は、地元の広告会社の出身だ。「職員は通常の人事異動で配属されるので、戦略的な広報はできない」(野村彰夫理事)と「プロ」を公募したところ、大手広告会社の出身者など25人の応募があった。

さっそく取り組んでいるのが大学のホームページと広報誌の見直しだ。ホームページは学部・学科ごとにバラバラで見る人に親切ではないとして基本的な体裁の統一を提案。広報誌は対象を明確化して広告を掲載することにした。大学側は「アイデアが次々と出てきて、まさに水を得た魚のよう」(野村理事)と評価。伊藤さんは「信大というブランドを築き上げていきたい」と意気込む。

05年に北陸先端科学技術大学院大の広報室長になった松島健一さん(59)は飛島建設の広報室長から転じた。

力を注いだのが報道発表資料の改善。以前は教員が書いたものをそのまま送っていたが、教員に頼んで、やさしく書き直してもらったり、専門用語の説明をつけてもらったりするようにした。「○○を発見した」という場合には「将来何の役に立つのか」にも、ふれてもらった。

その結果、資料から新聞に掲載された件数は前年より6割以上増えた。「内容が面白ければ、書き方次第で注目度を高めることができる。自社の資料に目を留めてもらうために工夫してきた経験が役に立った」と話す。

■TV・講演「歩く広告塔」

東京大工学部の広報室は昨年7月、家事などを科学の目で読み解いてきた科学ライター、内田麻理香さん(33)を広報専任の特任教員に招いた。同学部の博士課程まで進んだ経歴と、母親という柔らかいイメージに目をつけた。

狙い通り、内田さんはテレビ番組で料理の科学をわかりやすく説明したり、講演会で女子高校生とその母親に理系の楽しさを話したり、引っ張りだこの人気ぶりだ。無料の女子高校生向け工学系進学情報誌に掲載された同学部の広告ではモデル役も務めた。

広報室長の大久保達也教授は「工学は狭くて暗いイメージでとらえられがちで進学する女子学生の割合も低いが、内田さんを見るだけで、そのイメージを破れる。まさに歩く広告塔です」と期待する。

一方、志願者を増やして優秀な入学者を確保するための「入試広報」でも、学外出身者が活躍している。

静岡大では03年10月に全学入試センターを新設した際に専任の教授を公募。河合塾で大学コンサルタントをしていた寺下榮さん(57)と、旺文社で受験雑誌の編集長などをしていた村松毅さん(55)の2人を招いた。

山本義彦副学長は「入試業務は普通の教員にとっては片手間にならざるを得ない。少子化の中で優秀な学生を獲得する方法を、入試のプロに考えてもらおうと思った」とねらいを話す。

2人は06年度入試で、少子化対策や私立大に流れていた受験生を取り込むためにセンター試験の必要科目を減らすよう提案。6学部中3学部が取り入れ、06、07年度の志願者増につなげた。このほか月1回、土曜日にJR静岡駅前で進学相談会を始めたり、合格者のセンター試験の得点を公表して受験生が静岡大を選びやすくしたりした。

さらに受験生の立場から、学部・学科について、わかりやすい名称や、時代に合ったあり方まで提案している。山本副学長は「大学の教員はマネジメントの専門家ではないので、2人がいるメリットは大きい」と話している。

■法人化で柔軟に

文部科学省が06年3月に実施した調査によると、国立大で広報の専門部署を置いているのは8割弱。担当者を学外から受け入れているところは9%、受け入れ予定なのは7%で、その後も増えているとみられる。

国立大ではこれまで、広報の部署も通常の人事異動の一環に位置づけられてきたため、広報の専門家はあまり育っていない。これに対し、少子化や法人化などで広報の役割が高まってきたことから、法人化による人事制度の柔軟化をいかして学外から「プロ」を招くことで、そのギャップを補おうとしているのではないかという。