『読売新聞』社説 2008年5月26日付

科学技術政策 世界との競争に遅れるな


日本は将来、国際的な地位と豊かな生活を失うかもしれない――。

そうした危機感を、文部科学省がまとめた今年の「科学技術白書」が露(あら)わにしている。

世界経済に占める日本経済の比率は2006年に9・1%と、10年前の半分まで下がった。

少子高齢化による労働力人口の減少で、1人当たりの国内総生産は低下し、経済協力開発機構(OECD)に、「日本人はもっと働け」と言われている。

白書が強調しているのは科学技術の活用だ。その成果を使い、働き手は減っても、価値の高い製品やサービスを生み出すしかないという。誰しも異論はない。問題はその仕組みが日本にあるかだ。

白書は、「国際的大競争の嵐を越える科学技術の在り方」をテーマに、欧米や中国など海外の取り組み例を分析している。

共通するのは、有能な研究者を確保しつつ、成果が不確実な「ハイリスク」研究にも果敢に挑むという政策を、政府が前面に立って進めていることだ。

人材確保では、中国の「海亀政策」がある。海外の有能な自国研究者を給与や保険面で優遇して呼び戻す。日本の国立大学や公的研究機関は、財政制度の制約からこうした方策が取りにくい。

米国や英国では、もともと、科学・工学系博士課程の学生の4割以上が外国人だ。その定着を目指している。日本は、これが1割前後しかない。教育段階から、大きな差がついている。

ハイリスク研究も、米国では法律で、予算配分の目標を設けるよう義務づけている。中国は、失敗しても研究者を寛容に扱う、と法律に明記している。

日本では、公的資金を使った研究は、他の施策と同じく綿密な評価が求められる。事務作業も膨大で、研究者から「予算申請と評価作業で研究する時間もない」という嘆きをよく聞く。

厳しい財政状況下でも、科学技術には毎年、3兆円以上の予算が投じられている。これが十分に生きる制度改革が要る。

有望な研究を後押しすることも無論、重要だ。政府の総合科学技術会議がまとめた「革新的技術戦略」はその一環だろう。

例えば、ロボットや様々な細胞に変化する「新型万能細胞(iPS細胞)」の研究に予算を重点的に配分し、実用化に向けた法制度の検討も政府が支援する。

大胆かつ繊細な科学技術政策が大競争時代には欠かせない。