『朝日新聞』2008年5月19日付

〈学長力〉環境整え「放し飼い」 京都大学 尾池和夫総長


「西の雄」京都大の尾池和夫総長は、ひと味違うリーダーシップ論を展開する。さらに学生は「放し飼い」にするのがいいという。そのココロは何なのか。


――「ボトムアップ型のリーダーシップ」を唱えていますが、矛盾していませんか。

「違和感はあるでしょうが、矛盾はしていません。京大の総長というのは一匹狼(おおかみ)の零細企業の団地の組合長のようなもの。こうやれ、というようなことを言えば総スカンを食う。だけど世の中はリーダーシップを求める。だからボトムアップというのを前につけたわけです」

――具体的には。

「法人化の制度の中にはありませんが、学部長や研究所長ら数十人からなる部局長会議を非常に重視して、大事なことはすべてそこで議論する仕組みにしました。コーヒーや紅茶を飲みながら月1回、時間制限なしで徹底的に議論する。僕も自分が納得するまでは引きません」

――それではスピードのある意思決定ができないのでは。

「研究というのはスピードが勝負ですから、京大の先生はその必要性はわかっている。一方で、あせらず、時間をかけてよく考えるのも大事です。じっくり取り組むがさぼらない、そういうスピードでなければいけないんですよ」

――もともと国立大の法人化に反対していましたね。

「法人化自体ではなく、法人化の中で議論された、いろいろな仕組みに反対したんです。例えば競争の中で個性が輝く大学と言うから、それは矛盾すると言った。競争にはゴールがあるわけで、用意ドンを始めたとたんに個性はなくなってしまう。バットを振ったら、(一塁ではなく)三塁へ走り出すような人がいてもいい」

――京大は「自由の学風」と言われますが、今の学生は放任するだけでは育たないのではないですか。

「だから放任ではなく、自由な放し飼いが大事なのです。10年も20年も手入れをして、自然の草がえさになるようにした場所に囲いをして鳥を放すと、健康なおいしい鳥が育つ。教育環境を整えることで、学生が持っている才能を精いっぱい引き出していきたい」

――東大と何かと比べられますが、それぞれの強みは。

「東大には財務省がよくお金を出してくれるし、マスメディアでも何でも日本の人はみんな東大が一番だと思っている。それは有利ですよ。企業も大学に寄付するなら東大に出しておこうとなって、それらに乗っかって世界一になると言っている。うらやましいわ」

「一方、京大には世界一の先生がいっぱいいる。これはすごい財産です。例えば監督ばかりが目立っているチームもあれば、選手が目立って監督が誰かわからないチームもある。僕は後者の方が好きです。東大で今、誰が有名ですか? 京大だったら(万能細胞の)山中(伸弥)さんとかいろいろいるし、チンパンジーのアイちゃんもいる。いろんな人がいて、好きなことをやって、世界に向かってのびのびと活躍してくれる」

――最近はそのような活力が失われつつあるのでは。

「法人化の悪影響はあるでしょう。でも、(キャンパスに)並べられた立て看板は日本の大学で一番見事。学生の活力はまだ大丈夫だと思うけどね」

――法人化や学生気質が変わっていく中で、理想論的なやり方が通用するのでしょうか。

「通用させないといかん、という信念です。自由の学風が破れたら京大がなくなってもいいわ、ですね。実際には産学連携でも寄付でもよくやっているんです。私の方針をよしとする人が企業にもいっぱいいる」

「例えば事務局長を廃止して、役員が事務局をちゃんと掌握できるシステムにした。多くの大学ではできなかったことをリーダーシップを発揮してやりました。自然科学というのは原理を大事にする。僕は法人化の趣旨を一番実現しているのは京大だと思っているんですよ」(杉本潔)

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京大理学部卒。03年12月、24代総長に。地震学者だが、句集や心筋梗塞(しんきんこうそく)の闘病記も出版。自らプロデュースした「総長カレー」は京大名物に。67歳。