『東京新聞』社説 2008年5月16日付

宇宙基本法案 『平和目的』こそ原点


宇宙の軍事利用が可能になる「宇宙基本法案」が衆院を通過した。従来の「平和利用」から「安全保障」への大転換だが、衆院では懸念が全く解消されていない。参院で審議を尽くすべきだ。

わが国の宇宙開発の性格を一変させる「宇宙基本法案」があっさり衆院を通過してしまった。

自民、公明、民主の三党共同提案の議員立法で、衆院の内閣委員会ではわずか二時間の質疑で可決され、参院に送付された。

わが国は一九六九年の宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)発足の際、衆院本会議で宇宙開発について「平和目的に限る」との決議を全会一致で採択し、政府は「平和目的」とは「非軍事」と説明してきた。

これにより「防衛目的」の衛星打ち上げは禁止され、九八年の北朝鮮の「テポドン」発射後に打ち上げられた「情報収集衛星」も、地上の物体を見極める能力は民間衛星以下に抑えられてきた。 

法案は、こうした従来の制約を一挙に撤廃するもので、宇宙開発の目的として「安全保障」を明確に盛り込んだ。

その背景には、北朝鮮の核・ミサイルの脅威のほか、平和利用だけでは今後も大きな需要が期待できず、防衛分野の需要拡大で宇宙産業を振興させたいメーカーの思惑が働いているようだ。

問題は、こうした方針転換が何をもたらすかだ。法案が成立すれば、自衛隊が一気に高性能の衛星を持てるようになるほか、ミサイル発射を探知する「早期警戒衛星」の保持も可能になり、歯止めがかからない恐れがある。周辺国の警戒心を呼び起こすだろう。

宇宙開発の透明性も失われる。政府は「情報収集衛星」に関する情報提供さえ渋った。高性能の防衛目的の衛星ならなおさらだろう。法案の「情報の適切な管理」がその根拠に使われかねない。

もともと宇宙開発は多額の予算を必要とする。その中で防衛分野が優先されれば、平和利用が割を食う。両者のバランスをどう取るのかは全く不明だ。

わが国は平和利用の一環として、小惑星探査機「はやぶさ」や月周回衛星「かぐや」など優れた無人探査技術を開発し、世界から高い評価を受けてきた。こうした技術開発が先細りにならないか。

こうした疑問に全くこたえないまま、長年堅持してきた「平和目的」を簡単に放棄しては、わが国の宇宙開発の将来に禍根を残すことになるだろう。