『愛媛新聞』社説 2008年5月12日付

宇宙基本法 非軍事の誓いと夢を壊すな


はるか昔から人類は宇宙にあこがれを抱いてきた。ロマンあふれる世界を描いた小説や映画は数知れない。

衆院内閣委員会で九日可決された宇宙基本法案も基本理念に平和利用を掲げて「人類の宇宙への夢実現に資する」とうたっている。与党と民主党が共同提案した法案は今国会で成立する見通しだ。

しかし、その夢を壊しかねない文言が基本法にはある。宇宙開発の目的の一つに「わが国の安全保障」を挙げ、防衛のための軍事利用に道を開こうとしている。自衛隊による独自の偵察衛星の保有を合法化する狙いがある。

宇宙条約の加盟国の間では「非侵略」の防衛目的なら軍事利用は可能とするのが大勢だ。これに対して日本は一九六九年、国会決議で「非軍事」の原則を打ち出した。

日本の非軍事原則は、国際標準の非侵略より厳格とされる。憲法の平和主義に沿う行動を世界に示してきた。

九八年に導入した情報収集衛星も原則に基づいて内閣府が保有、運用している。ただ「解像度が民生レベルで、データの一部を防衛省が受け取る」というのは建前で、実情は軍事利用だ。

基本法は安易な現状追認にほかならない。だからといって自衛隊に衛星の直接保有を認めるのは非軍事の原則をゆがめる。国際標準というもっともらしい理由をつけた政策転換の結果、国際社会に無用な誤解や不安を与えては、研究活動を中心に積み上げた実績に傷がつくだろう。

ミサイル防衛の強化が容易となる。これまで制限してきた早期警戒衛星の導入も「専守防衛の範囲なら可能」とする解釈が成り立ってしまう。

さまざまな情報が防衛機密として公開されなくなる恐れもある。自衛隊にどこまで歯止めをかけるのかを早急に議論する必要がある。

民間事業者の積極活用も産業界の強い要望で実現した。衛星技術の国際競争力を高めるためだ。しかし、民生と軍事の境界をさらにあいまいにしてしまう危うさがあることを肝に銘じておくべきだ。

国会決議から三十九年。安全保障をめぐる情勢は大きく変わった。核ミサイルの開発を進める北朝鮮の動向を探るのが主な目的だろう。だがそれも政府が国民に十分な説明を尽くすのが前提だ。

「自衛権はどこまで行使できるのか」「軍備による抑止力とは」という議論が常にある。この終わりのない論争が国境がないはずの宇宙で起こるのは避けたい。

軍拡の色合いが濃かった宇宙開発競争に、平和思想を唱え続けた日本の役割は大きかったはずだ。宇宙基本法の運用では、やはり非軍事の精神を貫きたい。人類が描き続けた夢を壊してはならない。