『東京新聞』2008年5月6日付

日本の科学力は? 技術・研究を国際比較


日本の技術はいま世界でどのレベルにあるのか。これから注目される技術や新しい研究開発の動きはどうなのか。科学技術立国を目指す日本には気になるところだが、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センターは初めて「科学技術・研究開発の国際比較調査報告書」をまとめた。製品シェアや論文引用件数など数値データは使わず、専門家たちの主観で評価した「科学力」の国際的な位置付けをみると−。 (栃尾敏)

対象にしたのは▽電子情報通信▽ナノテクノロジー・材料▽先端計測技術▽ライフサイエンス▽環境技術−の五分野。研究水準(大学・国立研究機関の研究レベル)、技術開発水準(企業の研究レベル)、産業技術力(企業の開発力・生産力)を比較した。比べる相手国・地域は米国、欧州、中国、韓国。比較調査作業にかかわった産学官の専門家は延べ三百十九人にのぼる。

米・欧・中・韓 319人が調査

▼電子情報通信 米国の強さが際立っている。研究者層の質量、新技術創造力、産業技術力が高く、大半の分野で圧倒的優位にある。日本が強いのは半導体メモリー、ディスプレー、有機材料・デバイスなど。今は強いとされる家電製品や携帯電話などへの組み込みソフトウエア、医療や産業用ロボットなど実社会で役立つ実世界ロボティクスなどは優位性にやや陰りが出ているという。

欧州はパワーデバイス、ソフトウエアやネットワーク基礎理論、情報セキュリティーなどで強く、国際標準化の面でリーダーシップが目立つ。急発展する中国は高密度集積回路(LSI)、ディスプレー、データベース、光通信などでレベルアップが著しい。マイクロソフト、IBMなどが中国に設立した研究所や留学からの帰国組を通じて欧米研究者との連携が進んでいることが背景にある、と分析している。

▼ナノテクノロジー・材料 日本は材料科学、物理学、化学で国際的に優位を保つ。これと圧倒的強さを持つ部素材産業が両輪となり、米国と肩を並べて世界をリードする。その代表格が航空機用カーボンファイバー(炭素繊維)だ。ただ、欧米に比べて教育・人材育成・共用施設といった長期的なインフラ構築戦略が弱く、今後の国際競争力強化に不安が残る。

▼先端計測技術 多くの分野で高水準にあると評価。特に磁気力や近接場マイクロ波、中性子の利用技術、複合計測技術のレベルが高い。一方でイオンやレーザー利用技術、質量分析技術は技術力が下がり気味か、または世界的に低水準にあるとしている。

▼ライフサイエンス 全体として欧米に次ぐ水準にある。特に細胞間の情報の受け渡しをする分子やその受容体の発見、およびそれらを発現する細胞の同定と機能解析のほか、モデル細胞や生物の作出、計測・イメージング技術などで優位に立つ。だが、技術のシステム化や大規模プロジェクトによる研究の長期的推進などの点で欧米に比べ遅れている。

▼環境技術 ほとんどの技術で日本が高水準にある。特に地球温暖化抑止のためのエネルギー関連技術、二酸化炭素(CO2)の回収・貯蓄技術、環境汚染対策のための大気汚染物質や土壌・地下汚染対策技術などのレベルが高く、さらに上昇傾向にある。だが、バイオ燃料の研究では遅れがみられるという。

レベル高いが停滞・下降傾向

今回の調査結果についてJST研究開発戦略センターの有本建男副センター長や取りまとめをした専門家たちは「全体として日本の技術や研究開発水準は高いが、停滞や下降傾向にあるものがかなりあるのが気になる」と評価。「今後は強い分野をさらに強くする。弱くても国として重要なものへの配慮、分野融合の促進など科学技術政策に国の選択と集中が必須で、今回の分析を参考にしてほしい」と話す。

『環境の視点を全分野に』 相沢元東工大学長

総合科学技術会議議員の相沢益男元東京工業大学長に、国際比較調査報告書の分析と、日本の科学技術研究・政策の現状について聞いた。 (永井理)

−日本の状況は。

強い分野も断トツは少なく、新興国の追い上げが厳しい。

−長期的な政策面に遅れが見られるとの指摘があるが。

日本も戦略的に進めている。この点は正しい理解が必要だ。基礎研究は科学研究費補助金で、発展や応用の先が見えてきた研究は政策課題型研究としてJSTやNEDO技術機構などが方向づけして支援する。iPS細胞は、まさに再生医療を目標に掲げた戦略から出た芽だ。

−産学の連携は。

芽から先をどうするかは確かに課題。総合科学技術会議でも戦略を策定中だ。米国は「いいテーマ」に産学の頭脳が集まる力がある。日本にはえりすぐりの「全日本チーム」があまりない。競争環境の違いではないか。

−環境分野に日本の強みがあるというが。

分野ごとの分析では見落としが起きる。環境の視点は全分野で求められている。IT分野でも、機器の省エネ化やIT自体の省エネへの活用が必要だ。多くの技術に環境の視点を入れれば、ハイブリッド車で世界をリードしたように、日本の強みがさらに強くなる。

<記者のつぶやき> レベルは高いが「たこつぼ型」が多く、将来に不安も−というところか。中国やインドの追い上げは激しく、ライバルは欧米だけでなくなった。分野間の融合はますます重要になり、専門性の追求と同時に調整機能を高める必要がありそうだ。 (栃)