『朝日新聞』2008年4月8日付

未来生活、世界に提案 東京大学 小宮山宏総長


少子化に伴う「大学全入時代」。国内だけでなく、海外の大学との競争も激しくなってきた。大学が教育や研究で、目に見える成果をあげるには「学長力」が不可欠だ。東京大の小宮山宏総長は「東大を世界の知の頂点に」と訴え、キャンパスの国際化や産学官連携に奮闘する。(山本晴美)

◆環境や高齢化テーマに実験

――世界の頂点ですか。ちょっと遠い目標では?

「そんなことはない。ボクは東大を日本、さらには世界の課題解決に役立つ大学にしたいと思っている。日本が世界に先駆けて解決しなければならない環境、高齢化といった課題に対し、有効な提案をたくさんできれば、世界の知の頂点に立つのは決して夢ではない」

――いい提案ができそうですか。

「一例を紹介しよう。千葉県の柏(かしわ)・流山地域でいま、環境や高齢化をテーマにした近未来のまちづくりをめざし、様々な実験を始めている。つくばエクスプレス・柏の葉キャンパス駅前の13平方キロで、東大や千葉大のキャンパスがあるところ」

「ウェブサイトや携帯電話で乗車時刻、場所を指定するような『オンデマンドバス』とか、人と環境にやさしい『屋根つき三輪自転車タクシー』とか、高齢者がトレーニングマシンで無理なく運動できる『十坪(とつぼ)ジム』とか……。自然を汚さず、高齢化社会を心地よく過ごすにはどうすればいいか、大勢の研究者が知恵と技術を出しあって、いろんな実験をしている」

――千葉大とも連携しているのですか。

「もちろん。千葉大には漢方、はり、きゅうなどの研究成果が豊富にある。千葉県や柏市などの自治体、市民らが参加しているのに加え、この辺に拠点をもつ企業が支援会をつくってくれた。ここから近未来の自動車や住宅も生まれそうだ」

――社会に開かれた大学になってきましたね。

「もはや研究室に閉じこもり、タコつぼ型に細分化された分野を追究する人たちだけでは通用しない。30年先、50年先を見据えることのできる大学こそが、ヒトとカネを集めながら地域社会といっしょになって、未来生活のモデルをつくらなければ。それを世界に提案できれば大成功だ」

◆逸材確保狙い 海外拠点は140

――総長に就任した05年、アクションプラン(行動計画)を発表し、改革を公約にしました。任期4年のうち3年たって、どこまでできました?

「印象としては150%できた。7分野で140項目余りあるから、もちろんできないものもある。だが予想を大きく上回ってできた項目が多い。やはり全体の目標を示し、大学の内外に繰り返し、協力をお願いして回った効果は大きい」

――予想をはるかに上回ってできたのは?

「国際化が一例。『海外拠点130カ所』を掲げてびっくりされたが、すでに140カ所に迫る。欧米、中国、インド、ロシア……。研究所やオフィスを開き、情報収集、共同研究、留学生交換などをやりやすくする。有能な外国人研究者や留学生を迎えるための宿舎づくりも、130室とか500室とか、千葉と東京でメドをつけた」

――勉学欲の旺盛なアジアの学生を集めるため、欧米の有力大も躍起と聞きます。

「そうなんだ。負けてはいられない。東大も奨学金を携え、採りに行かないと。企業の資金協力を得て、中国の逸材を毎年10人ほど招く仕組みをつくったが、今度はそれをインドに応用し、毎年30人ぐらい招くつもり。日本人学生の英語力を磨く講座や、英語による授業も増やしている。近未来には、学部学生の3分の1が、外国人留学生になればいいと思ってね」

――えっ、3分の1も?

「多くの言語や文化、考え方が交じりあう多様性の中でこそ、次世代のリーダーが育つと思う。すべての東大生を1カ月ぐらいは海外に滞在させ、勉強やインターン(研修生)を経験させるのも夢なんだ。そのために今、学生を送り込める国際プログラムを集めている」

◆資金を集める専門部署設置

――いろんな改革に先立つものは資金でしょう。

「ほかの先進国に比べると、日本の高等教育には5兆円の財政支出があっていい。でも国の台所事情が許さず、2兆円ほどしかない。運営費交付金は東大だと、毎年12億から13億円ずつ減らされる。この減額を補い、さらに改革を進める資金を得るのに相当な苦労をしている」

――どんなふうに?

「20人ほどで資金集め専門の渉外本部を作った。優れた教育研究拠点に国が重点配分する資金を、積極的に申請するほか、企業から寄付を募り、基金にして金融機関に運用してもらう」

「ボク自身、ずいぶん企業を回ってお願いした。なんとか08年度中に、基金500億円を達成できるんじゃないか。そのほか、すぐに使わなくていい手元資金を集め、近いうちに運用総額を2千億円にして、運用益から毎年20億円ほどの戦略資金を得られるような態勢にしたい」

――欧米の名門大は数千億から兆円単位という、けた違いの基金をもつと言います。

「そんな巨額の資金力をもつ大学と、国際舞台で競わなければならないのが現実だ。日本でも、米国のような寄付文化を徐々に根づかせるしかないだろう。そのため政府には、企業や個人が大学に寄付をするとき、法人税、所得税、相続税のそれぞれで税額控除などの優遇を受けられるよう、制度の創設や改善を強くお願いしている」

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【近年の主な改革】

03年3月 東大憲章を制定

05年1月 経団連の協力で、東大産学連携協議会が発足

05年7月 東大史上初のアクションプランを発表

06年11月 国内外の著名人による「総長諮問会議」が発足

07年6月 大学発のベンチャー支援施設を開設

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〈プロフィール〉栃木県生まれ。化学工学や地球環境工学の専門家。東大大学院を修了後、助手、助教授から43歳で教授に。工学部長、副学長を歴任し、選挙をへて05年4月、28代目の総長に就いた。07年から国立大学協会会長も。「課題先進国 日本」など著書多数。63歳。