時事通信配信記事 2008年3月28日付

特集・教職大学院スタート

★教育現場のリーダー育成へ=19校で674人が合格−学校、大学の改革に期待


「力量ある教員の養成」を目指し4月から、新たな専門職大学院として教職大学院がスタートする。時事通信社の3月25日時点での調査によると、教職大学院を開校する19校では、現職教員ら延べ約900人から志願があり、計674人が合格。学校現場でリーダーとなる人材を育成すべく、「実践と理論の融合」を重視した教育が始まる。学校をめぐる環境が厳しさを増し、教員の質向上が求められる中、教職大学院に何を期待するか―。開校を控え、関係者から聞いた。

◇実習も重視

学校教育法で、専門職大学院は「高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とする」と位置付けられる。法科大学院のほか、最近は会計やビジネス分野などでも多くの専門職大学院が設置されている。教職大学院は、2006年の7月の中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)答申で創設が提言され、07年4月、設置基準などに関する省令が施行された。

中教審答申は、(1)学部段階で教員として基礎的・基本的な資質能力を習得した者の中からより実践的な指導力・展開力を備えた新人教員の養成(2)一定の教職経験を有する現職教員を対象とした、確かな指導理論と優れた実践力・応用力を備えた「スクールリーダー(中核的中堅教員)」の養成―を教職大学院の目的、機能とした。答申の趣旨に沿って、対象は、主に学部卒業生と現役教員の2種類に分かれる。

大学院修了には、2年以上在学し、45単位以上取得することが必要で、修了者には「教職修士(専門職)」の学位が授与される。45単位のうち10単位以上は、学校で行う実習の履修で取得するため、各大学院は小中学校などから連携協力校を確保しなければならない。現職教員の場合は、実習を免除することが可能で、現職教員向けの短期履修コース(1年)のほか、長期在学の3年コースも各大学院の判断で設置することが可能だ。

実習以外では、(1)教科の実践的な指導方法、(2)生徒指導、教育相談(3)学級・学校経営―などに関する領域で授業を開設。専門職大学院は専攻分野の実務の経験がある「実務家教員」が授業を行うのが特徴だが、教職大学院に関しては専任教員の4割以上を小中学校などで教員経験がある実務家教員にするよう義務付けている。

07年11月、教職大学院の設置認可を申請した大学のうち19校について、大学設置・学校法人審議会は開校を許可するよう答申した。当初の開校数が19に上ったことについて、文科省教員養成企画室の金郁夫係長は「思ったより多い」と話す。ただ、同審議会が、認可された19校すべてに運営上の改善点を指摘する「留意事項」を付けるなど、「準備不足の部分もある」(金係長)のも実情。今後は留意事項の改善状況などについて、十分なチェック体制を整備していく考えだ。

◇倍率2超える大学院も

08年4月に開校するのは、国立15、私立4で、国立が、北海道教育(45=定員数、以下同)▽宮城教育(32)▽群馬(16)▽東京学芸(30)▽上越教育(50)▽福井(30)▽岐阜(20)▽愛知教育(50)▽京都教育(60)▽兵庫教育(100)▽奈良教育(20)▽岡山(20)▽鳴門教育(50)▽長崎(20)▽宮崎(28)―。一方、私立は、早稲田(70)▽創価(25)▽玉川(20)▽常葉学園(20)―となっている。

総定員は706人。3月25日時点で、まだ追加試験を行っている大学院が3校あるが、志願者数は延べ計896人、合格者は計674人だった。設置認可が11月で、入試までぎりぎりの準備期間しかなかったことを考えると、出だしは順調と言える。

ただ、周知期間の短さから、定員の多い大学院には志願者集めの苦労もあった様子。一方で、東京学芸は合格者39人に対し受験者数が85人と、倍率が2倍を超えた。創価も合格者30人に対し、2回実施した試験には延べ69人が受験。担当者によると「全国から出願があった」といい、新たな大学院への関心の高さをうかがわせる。 早稲田も合格者は59人だったが、志願者は102人に上った。現職教員以外の学部生も多く、「想定外で、うれしく思っている」と担当者。また、合格者の中には、私立中高一貫校の教員もいるなど、バラエティーに富んでいる。既に現在学部3年生の40人程度から要綱などの問い合わせもあり、来年度以降にも期待が持てそうだという。 現職教職員とそれ以外の学生の割合は、大学院によってさまざまだ。例えば、宮城教育は合格者33人のうち現職は28人と現職が多いが、16人合格の群馬は現職と学部卒が半々程度の割合だ。

◇「問題意識」が入学のきっかけ

現職教員として「自ら希望した」東京都江戸川区立春江中学校の中西孝教諭(40)は、4月から1年間の予定で、早稲田の教職大学院に入学する。中西氏は、教職に就いて3月で丸18年になるベテラン。同中学校に赴任して7年、そのうち5年間、教務主任を務めている。

「教務主任という仕事の中で、地域の小学校やPTAとの連携、地域の力を取り込むことが必要と痛感した」という中西氏は、大学院で「学校と地域の在り方について学びたい」と話す。もちろん、地域との関係は経験を通じて積み重ねることも多いが、「実践だけに頼ると、『その人がいなくなったらできなくなってしまった』ということが起こる」という問題意識がある。

実践を理論的に体系付け、多くの教員が、さまざまな場面で共有できるようなノウハウ、知識を習得することが目標だ。大学院の学費は自己負担だが、東京都教育委員会からの派遣という位置付けで、身分は同校教諭のまま。「給料を頂いて学ぶのだから、1年間で吸収しなければならないという気持ちは強い」という。

「生活指導や地域との関係で、息詰まることがある」と中西氏。「そういうときは、見通しを語れる人がいてほしい」と強調する。しかし、教員を指導する立場の指導主事は、多くの教委で十分な人数を確保できていない状況にある。中西氏は、大学院で得たものを基に、こうした現場教員の悩みにも応えていきたいと考えている。

★教委との連携がカギ=各校でカリキュラムに独自性−現職との交流で大学の活性化も

新しく始まる教職大学院では、「理論と実践力」を軸に、各校がさまざまなカリキュラムを組んで独自性を打ち出している。スキルアップを望む教員は多く、潜在的な志願者も少なくないはずだが、希望する教員が学べる環境を整備するのは教育委員会の役目。新たな大学院の定着には、教委の理解、連携協力がカギになりそうだ。

◇都教委と4校が連携協定

東京学芸、創価、玉川、早稲田の4国私立大学が教職大学院を開設する東京都。都教委は2006年3月から委員会を設置して活用方策の検討を進めるなど、積極的に教職大学院との連携に取り組んでいる。08年2月には、都教委と4大学院が連携協定を締結。教委と教職大学院のモデルケースとしても注目される。

協定は主に、(1)カリキュラム・指導(2)実習(3)現職教員の派遣・受け入れ(2)新人教員の養成・採用―に関する内容。都教委は、都内の公立学校の現職教員から毎年一定人数を協定校に派遣する。一方で、協定校に対しては、例えば「習熟度・課題別指導方法」など都の教員に必要とされる知識やノウハウについて、カリキュラムに盛り込んでもらい、都のニーズに対応した人材育成を図る。

新人教員養成の分野では、小中学校などでの実習が重視され、10単位以上の履修が修了の要件にもなる。各大学院は、実習のための連携学校確保が必要。都教委は、協定大学院に対し、都内の公立学校を連携学校として提供し、実習が支障なく効果的に行われるよう協力する。

この連携の枠組みで、初年度に教職大学院に派遣される現職教員は計33人。全員が他の志願者と同様、試験を受けて合格し、08年4月から4校のうちのいずれかに通うことになる。33人のうち15人は、幹部候補である「教育管理職A選考」の合格者で、学費も都が負担する。そのほかの18人は、都教委が一般に募集し応募した中から選ばれた教員。身分は教員のままで給与も支払われるが、学費は自己負担となる。

都教育庁では「都内で大学院が増えれば、同じような対応をしていく」(指導部)といい、新たに大学院が開設された場合、同内容の協定を締結し、連携をさらに広げていく考えだ。新人教員養成に関しても、連携校で学位を取得し、一定の条件を満たした場合に採用試験の一部科目を免除するなどの特例措置を検討。大学の教育と都の人材育成がより有機的に結び付くよう、取り組みを続けている。

◇「課題解決」のカリキュラム

都の協定校でもある早大の教職大学院には初年度、58人が入学する見込みだ。同大の場合、学部新卒者と現職教員の「混成」でクラス・グループを編成。学校での実習と全学生を対象とした共通科目のほか、それぞれのニーズに合わせて、分野別選択・自由選択科目を受講することになる。

同大の特徴は、分野別・自由選択科目の種類の多さだ。「入学した学生がそれぞれ抱えている課題、ニーズに対応し、科目を選ぶことができる」と、同大大学院教職研究科開設準備室の三尾忠男教授。分野別選択科目は、「カリキュラム開発・授業力」「生徒指導・学級経営」「発達障害支援」「学校経営・地域連携」の4分野で、それぞれの分野に各4科目、計16科目が設定されている。

分野別の科目には、「学力調査・評価の方法と活用」「心理教育的アセスメントの個別教育プログラム」「学校経営に活(い)かす教育データ分析の実践研究」などが並ぶ。ニートやフリーターの増加も念頭に置いた「キャリア教育の実践研究」といった現代的な課題に対応した科目もある。自由選択も、カウンセリングや教育論関連など、幅広い内容で24講座設定されている。

一方、群馬大学の教職大学院は、実習に力を入れている。同大の入学者は全19教職大学院の中で最も少ない16人。学部新卒、現職にかかわらず全員が、2年間で計520時間の実習を受けることになる。

1年目は「課題発見実習」。同大の付属幼稚園、小中学校、高校でそれぞれ2日ずつ、見学を主とする実習で、幼児期から高校まで各発達段階への理解を深める。そして、県内の連携協力校で1人当たり3校ずつ計200時間、学校活動に参加したり、実際に指導したりする。

同大は、教職大学院の開設に際し、教委の指導主事や学校長の経験がある実務家教員2人を専任教授として採用。非常勤スタッフも3人採用し実務家教員は計5人、教育学部の研究者7人と合わせ計12人体制だ。そのうち実務家と研究者が2人1組になり、すべての授業をチームティーチングで進める。

連携協力校で行う実習も、実務家と研究者が2人1組で巡回し、理論と実践の両面から課題について分析。こうした分析などを踏まえ、2年目は、学部新卒生は引き続き連携協力校、現職教員は在籍校で、課題解決に向けた実習を行う仕組みだ。

◇現職教員が「大学を変える」

「教授会に2人が参加するだけで、随分雰囲気も変わりますよ」―。同大教育学部長の松田直教授は、新たに同学部に加わった2人の実務家教員を高く評価する。

同学部の授業について松田氏は、「現職の先生にはあまり役に立たなかったのでは」と自嘲(じちょう)気味に話す。今後は、実際の学校現場を熟知している実務家教員、そして大学院に入学した現職教員らと、「理論と実践について考え、どうしたらいいのか話し合うこと」を大事にしたいという。そして、「児童・生徒らとじかにかかわる力を伸ばす」教育を実現すべきだとの考えだ。 一方で、現職教員側からは、「大学の中で見ていることを教えてほしい」と、目まぐるしく動く毎日の中で「理論」を渇望する声もある。4月から早大教職大学院で教える長島啓記教授は、課題を抱える教員らが大学院での授業、実習を通じ、「リフレッシュして教壇に立ってほしい」と願う。そのためにも「教員が大学院に来やすい環境をつくることが重要」と強調する。

「いずれはすべて(の教育関係の大学院)が教職大学院になるべきだと思っている」という群馬大の松田教授は、県教委との連携などにも精力的に動く。まだ知名度が高いとは言えない教職大学院が定着するには、今後も大学スタッフの努力が必要だ。

いずれにしても教職大学院を中心に、現職教員と大学との交流が進むことは確実だ。それを教育学部の活性化、教育養成の在り方全体の向上につなげるため、地域の積極的な取り組みが期待される。