『山陰中央新報』2008年3月17日付

大学院教育の実質化と改革 次代担う研究者が不足

鳥取大学副学長 井藤久雄


義務教育課程における学力低下が大きな社会問題として取りあげられ、教育改革に関する議論が盛んである。社会の注目度は低いが、大学院改革も重要な課題だ。

これまで提示された中央教育審議会答申や文部科学省要綱、経済財政諮問会議基本方針、さらには福田首相を議長とする総合科学技術会議、教育再生会議の提言などから拾ってみる。

共通した提案は(1)大学院教育の実質化(研究体制整備、人材育成)(2)国際化(通用性)(3)トップクラスの研究(競争力強化)(4)適正な評価と研究費増(予算の選択と集中)。

私は一九四八年生まれ、団塊の世代であり同級生は二百四十三万人。大学入学者は約三十一万人で進学率は12・7%だった。大学院生数は七〇年が修士約二万八千人、博士一万三千人。その後大幅に増え、二〇〇七年には十六万五千人、七万五千人に加え、法科大学院生二万二千人、総計二十六万二千人に達している。この数値は一九六〇年代後半の大学進学率に近い。つまり、四十年前の大学生、今、大学院生と言ってもいい。

大学院生の国際比較では、〇三年度の人口千人当たりの大学院生数は米国四・四人、イギリス三・七人、フランス四・〇人に対して日本はわずかに一・八人である。学部学生に対する割合はそれぞれ14・1%、21・6%、22・9%、そして日本10・4%であり、明らかに少ない。わが国の資産は人材であり、科学技術立国をうたいながら、次代を背負う専門職や研究者数が不十分だ。

大学院の目的は大学院設置基準で以下のように定められている。修士課程は、広い視野に立って精深な学識を授け、専攻分野における研究能力またはこれに加えた高度な専門性が求められる職業を担うための、卓越した能力を培うことを目的とする。

博士課程は、専攻分野について、研究者として自立して研究活動を行い、またはその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力、およびその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。

社会は大学院に何をのぞんでいるか。〇七年二月に日本経団連が行ったアンケート調査によれば、博士課程修了者を評価する点は、「専門知識・能力」「研究遂行能力」「論理的思考能力」の順であり、他方、問題ありとした項目は「コミュニケーション力」「協調性」「応用力」である。換言すれば、豊かな教養と確固たる人間力を基盤とした専門性を求めている。

医・歯・薬学部と獣医学科では事情が多少、異なる。学部教育の達成目標は国家試験合格率で判定される。しかし、医師養成課程では卒業論文がなく、特定の研究テーマに取り組み、論文をまとめる機会がない。国家試験は選択肢問題。文章を書く訓練が不十分である。

そもそも、医学・医療は記載の科学である。患者の容体を丹念に観察、記載し、その中から重要で普遍的な法則をくみとる作業を繰り返し、科学として発展してきた。一つのテーマを深く掘り下げて研究し、論文として発表する能力を身に付けるのが大学院である。その能力は日常の診療業務に大きく寄与する。

鳥取大学は大学院改革に動く。この四月には医学部大学院で「臨床心理士コース」「保健学博士課程」を設置、工学部では修士課程を八専攻から四専攻に再編して、研究体制の強化と研究テーマ選択の柔軟性を図った。社会の要請と学生の視点を重要視しているが、教員数が〇七年度から四年間で5%削減される中での設置・再編であり、教員の負担は確実に増す。

〇二年に始まった二十一世紀COEプログラムは世界最高水準の研究拠点形成を目的とし、九十一研究が採用された。その内訳は五十研究が国立大学、しかも、二十八研究は三大都市圏や政令指定都市を除く地方国立大学大学院で行われている。鳥取大学からは「乾燥地科学プログラム」(恒川篤史教授)と「染色体工学技術開発の拠点形成」(押村光雄教授)が採用されている。

今春、大学に入学した学生諸君には今から大学院進学を視野に入れて、学生生活を送ってほしい。

地方国立大学でも挑戦はできる。