『科学新聞』2008年3月7日付

岐路に立つ博士課程、学生の質維持に何らかの改革必要


日本の研究競争力を支える基盤となっている大学院博士課程だが、現在、大きな方向転換を求められている。文部科学省の調査によると、理学、工学、農学、保健という自然科学系分野での博士課程の競争倍率は1倍を割っていることが分かった。また、大学の現場からは少しでも入学定員に近づけるために、「レベルの低い学生も採らざるを得ない」という声も上がっている。これまで日本では、研究力を強化するために大学院の規模を拡充してきたが、博士課程についてはその質を担保するための改革が必要になってきている。

旧・文部省の大学審議会では平成3年11月、「大学院の量的整備について」答申を出し、平成12年度時点における大学院学生数を平成3年度の2倍程度に拡大することを決めた。その後、大学院在学者は順調に伸び、3年度の9万8650人から、12年度には20万5311人と約2.1倍になり、さらに専門職学位課程が誕生したことで19年度には約2.7倍の26万2113人と大幅に増えた。

博士課程入学定員も、1万2966人(H3)から2万169人(H12)、2万3417人(H19)と順調の伸びてきた。しかし、入学定員に対する志願者の割合(競争倍率)は低迷しており、19年時点で理学分野で入学定員2070人に対して入学志願者は1419人と競争倍率は0.69倍、工学分野でも定員5503人に3560人の志願者で0.65倍、農学分野0.96倍(1086人/1126人)、保健分野0.92倍(6209人/6774人)となっている。

一方、博士の標準修業年限内での学位授与状況を見てみると、理学で46.1%、工学52.8%、農学52.9%、保健56.2%と学位取得率は概ね半分程度であり、人文7.1%、社会15.1%などと比べれば、学生にとってある程度の魅力はあるといえるだろう。

しかし、博士課程修了者の就職状況は、保健が77.3%と高く、工学59.1%、理学53.9%、農学52.5%となっている。学部や修士の就職率に比べると見劣りするため、将来的への不安感から博士課程へ進学しなくなっているようだ。

志願者が減ってきたのならば、入学定員を縮小すればいいようなものだが、ある国立大学関係者は、入学定員を減らすと、それに伴って運営費交付金が減らされ、教員定数も削られてしまうため、入学定員を減らすことはできないという。

そこで、文部科学省に確認してみたところ、国立大学法人の運営費交付金については、入学手員と連動して増減する仕組みにはなっていないという。もちろん、何の工夫もなくただ減らすだけでは財務省との協議で運営費交付金を減らされる可能性があるものの、教育研究の内容を充実させるための改革の一環として行えば、運営費交付金が減ることはないという。

例えば、大阪大学と大阪外国語大学の統合の時には、学部を180人減らし、修士を23人増やして、実質的に入学手員を157人減らしたが、退職金や特別教育研究経費を除いた基盤的な運営費交付金については、全大学一律のマイナス1%ルール以外には減額されていない。

こうした制度と各大学の認識の差が生まれるのは、国立大学時代に作られた学内ルールが厳然と存在し、まかり通っているためだ。法人化してマネージメント力の強化を求められているものの、実際の運営ルールを変えていくには時間も労力も足りないのが実情だろう。また、社会情勢の変化から次々と制度を変えていく文部科学省の制度設計にも問題がある。各大学とも定員を減らしてしまうと、今は大丈夫でも次の制度改革では不利になるのではないかと疑心暗鬼になっている。

根深い問題だが、こうしたことを解決するためには、次期中期計画期間における運営費交付金算定ルールを早期に策定し、始まる前に現場に浸透させることや新たな学内ルール作りのためのモデル作りを行う必要があるだろう。