『日本海新聞』2008年3月7〜9日付

地方私大の変革 正念場の鳥取環境大学


進む少子化、景気の低迷…。時代の流れは、地方の私立大学を岐路に立たせている。生き残りを懸けて迫られる変革。4年連続で定員を割った公設民営の鳥取環境大学(鳥取市)は、学科再編計画を打ち出した。競争が激化する中、高知工科大学(高知県香美市)を公立化する大胆なニュースが飛び込む。新たな可能性を探る動きを追い、大学の行方を考える。

【上】生き残りを懸けて
研究充実も定員割れ

JR高知駅から東へ車で約四十分。山里と清流に囲まれた自然の中に高知工科大学はある。県が建設費など二百六十八億円を投じ、一九九七年の開学後は学校法人が運営する公設民営の私学だ。

日本にない大学

三日夜。春休み中の構内に学生の声が響く。知能機械システム工学科の実験室。すべての方向に移動できる「リハビリ歩行訓練機」の開発に取り組んでいた。

「まだ改善が必要じゃないか」。小型コンピューターをはめ込み、入力端子を調整、電圧電流を測定する。すでに製品化。二日後に広島で開かれる学会で発表するため、最後の仕上げに汗を流した。

指導する三浦直樹講師は「意欲ある学生が多い。人を助けるロボットをつくり、地域に貢献しています」と自信をのぞかせる。

高知工科大は「日本にない大学」をキャッチフレーズに特色ある大学づくりを進めてきた。必修科目を設けない独自性。学生の学会発表は年間三百五十回余り。国内に数台しかない最先端の研究機器がそろう。しかし、地方大学の競争が激化する中、受験生は減少傾向。二〇〇六年度から二年連続で定員割れ。〇七年度は定員の81・76%だった。

授業料大幅に軽減

「本当ですか。事実関係を教えてほしい」。二月二十二日朝。高知工科大で来春の公立大学法人化に向けて準備が進められている報道を知り、鳥取環境大を担当する県青少年・文教課の吉田道生課長補佐はすぐに問い合わせた。

電話を受けたのは高知県私学・大学支援課の井沢三男チーフ。「大学側に熱意があり、県も一緒に検討している」。

公立大法人は、〇四年四月に国の制度として設けられた。私立大が公立大に転換するのは全国初のケース。鳥取環境大学の古沢巌学長は「地方の私立大が公立化すれば学生が確実に増えるのは事実」とみている。

高知工科大で浮上した計画は事実上の「県立化」だ。二月二十九日の高知県議会本会議。十河清副知事は「知名度や信頼度が上がることや、授業料が軽減されるといった魅力を備え、多くの意欲的な学生を集めて教育研究も充実させたい」とメリットを強調した。

高知工科大によると、現在の年間授業料は百二十四万円。県立化した場合、国の交付税措置があるため、公立大の年間平均授業料と同じ約五十三万円と半額以下まで引き下げることができるという。

「田舎では私立より公立の方が企業に対するイメージがいい」と電子・光システム工学科一年の正岡秀章さん(18)。下宿暮らし。研究に追われてなかなかアルバイトはできない。「少しでも経済的な負担を減らすことができれば親孝行ですよ」と期待を込めた。

元高知県知事の橋本大二郎理事長は言う。

「地方大学が生き残るにはユニークさがないといけないが、それだけでは難しくなり、公立大法人化も必要。ただ、経営難という理由では国の認可が得られない。方向性が重要であり、一つは大学と県が一体となり研究分野で窓口を一本化して地域の要請に応えていくことだ」

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地方私大の変革 正念場の鳥取環境大学
【中】成否の鍵

頼みの綱は交付税措置

鳥取環境大の谷口博繁常務理事は学生を確保するため、自ら県内外の高校を訪ね歩いてきた。反応は厳しい。「国公立志向が強い」「都会へのあこがれがある」。教諭にそう指摘されたことも少なくない。

高知工科大や高知県の担当者も同じ声を聞いてきた。

生き残り競争で地方私大は苦戦している。日本私立学校振興・共済事業団によると、本年度は私大の39・5%が定員割れ。東京、大阪の定員充足率は110%を超すが、中国は88・71%、四国は83・53%にとどまった。

「いいことばかり」

授業料は下がり、受験生が増え、より優秀な学生、教員が集まる−。

「公立大法人化はいいことばかりですよ」。高知工科大企画調整担当の福田直史さんが変革にこだわるのはこんな思いからだ。

公立大法人の制度化後、可能性を探ってきた。国に何度も足を運んだ。一方、高知県私学・大学支援課は新年度、専属の職員を配置し、準備を本格化させる。

県立化すれば、本年度約十一億円あった国からの私学助成がなくなる。成否の鍵を握るのは交付税措置だ。

尾崎正直高知県知事は、本年度の学生数をベースに試算すれば、約三十八億円の交付税措置が見込まれると説明。福田さんは「県の持ち出しはない」と力を込める。

財政負担ゼロ

仮に鳥取環境大が県立化した場合はどうか。とっとり政策総合研究センターが試算を出している。

私大は減価償却引当金(〇六年度決算は三億四千三百万円)の積み立てを義務付けられているが、その必要がなくなる。交付税収入は私学助成の倍以上となる三億三千万円余り。現行で年間百−百三十万円の学費を約五十三万六千円に減らしても、十分にやりくりできる計算だ。

大学の理事を務める道上正※理事長は、鳥取環境大の公立化を望む。「新たな財政負担なしにそれは可能だ。準備期間は最低でも二年はかかるだろう。大学側の思いだけでなく、県民、市民の目線に立った改革に学生も交えてみんなで取り組むべき」

一方、私大のメリットが薄れてきたと感じる鳥取市の竹内功市長。「公立大学法人という形態について、地方の公設民営大学は十分に検討する必要がある」と前向きな姿勢を見せる。

最後の選択肢

「ただ一つ心配なこと」。福田さんがそう漏らすのは、不透明な交付税の将来。国の財布は流動的で、減少傾向にある。

平井伸治鳥取県知事は「交付税はそんなに入らないだろう。それに半分以上の公立大学は交付税措置以上を持ち出しているのが現実だ」と懐疑的だ。公立化が先行する議論にも違和感を覚える。まずは学科再編の行方を見守りたい。それでもだめなら、例えば新学部の設置、経営陣の刷新、別の大学法人との連携…。「税金をつぎ込むのは最後の選択肢」と続けた。

私大のメリットは柔軟な経営。学費も独自に決めることができる。「公の考えが入れば、大学の独自性、特色が薄れてしまう」。公立大法人化に疑問を抱く大学関係者もいる。

四月で開学八年目を迎える鳥取環境大。公設民営の将来像をめぐる議論は、大きく揺れる。
※は矢ヘンに見

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地方私大の変革 正念場の鳥取環境大学
【下】再生のシナリオ
「学科再編」改革へ一歩

内定率94・5%

「すごい実績ですね」

昨年八月二十三日、鳥取県庁。鳥取環境大の川本晴彦総務課長が一枚の資料を広げた。驚きの声を上げたのは県職員と同席したコンサルティング会社の担当者。明治安田生命、松下電工、山陰合同銀行、鳥取銀行…。卒業生が就職した大手企業、地元企業の名が並ぶ。

昨春卒業した学生の就職内定率は94・5%。中四国の93・4%を上回る。「地方の私大としては胸を張れる数値」(油谷信行就職課長)だった。

シャープに入社する環境政策学科四年の安野景介さん(22)は、環境が世界の主要課題となる中、大学の存在に可能性を感じた。「多くの人たちが環境問題に関心を持つような方向付けができる手法を学べた」。太陽光発電の普及に努めていくつもりだ。

経済界の期待も膨らむ。

昨年十一月十四日、鳥取商工会議所で開かれた「環大コンペ」。学生十二人がマイコンカーの自動走行プログラム、ヘリコプターの仕組みなどを発表した。

審査した「大学を支援する会」の清水昭允会長は、成長を見て胸が熱くなった。「企画力、実行力、コミュニケーション力がある。鳥取の産業界を背負う学生たちですよ」

何が学べるのか

しかし、学生は減り続ける。一学年の定員は三百二十四人。開学時の入学者は四百六十九人だったが、本年度は百八十五人まで落ち込んだ。

「何を学べるか分からない」。田中出事務局長は、高校の進路担当者からそんな声も聞いた。

このままでは生き残れない−。古沢巌学長は、二〇〇五年四月の就任から一週間もたたないうちに学生確保対策委員会を立ち上げる。だが、学生の要望に十分に応えることができない。

「大学のあるべき姿がはっきり示せなかった」

財源の八割以上を占める学生納付金は減り続け、昨年度は初めて七千二百万円の赤字決算。国は全学定員の半数を下回れば、運営経費に対する補助金(本年度九千四百万円)を打ち切る方針だ。

出発点

どう活路を見いだすか。鳥取環境大が行き着いたのは「学科再編」だった。

来春、環境政策学科を二学科に拡充する。ごみや水などの問題に取り組む環境マネジメント学科、環境に視点を置きながら法律や経営を学ぶ環境政策経営学科。教員十人程度が入れ替わる。

「子どもの環境行動に対する興味関心を形にしている」と評価する平井伸治鳥取県知事。しかし、もっと抜本的な改革を実施しなければ、受験生は増えないと考える関係者は多く、竹内功鳥取市長も今月六日の市議会本会議で「改革の出発点」と強調した。

「入り口(入学)は文系、出口(卒業後の進路)も文系という分かりやすい形にしなければ」。二月二十五日の大学理事会。理事を務める道上正※とっとり政策総合研究センター理事長は、学科再編案を見てそう思った。また、鳥取東高の山下俊一校長は「例えば経済学部を設け、その中で環境も学べるような大胆な改革を実施してほしい」と願う。

いかに進学の場を広げるか、地域に必要とされる大学にしていくか。「環境問題が基本だが、経済も建築も情報も分かる専門家を育てたい。学科再編だけの改革では止まりません。さらに磨きをかけて変化する社会ニーズに応えていく」と言う古沢学長は今、再生に向けた次のシナリオを描き始めた。

※は矢ヘンに見