『朝日新聞』2008年3月10日付

授業作り「論より現場」 教職大学院、福井大で先取り


小中高の生徒指導や授業づくりでリーダーとなる教員を育てるという「教職大学院」。4月から全国19カ所の大学が新設し、現職教員や大卒の計約700人が学び始める。中でも福井大の教職大学院は、小中高の授業に出かけていき、そこを院生の学びの場にするというユニークなもの。モデル授業を見学し、「論文より実践重視」をうたう新型大学院の意義と課題を探った。

◆出身校で同僚と議論

モデル授業の舞台は福井東養護学校の月見分校(福井市)。養護学校といっても不登校の子どもや、発達障害、心身症などで大集団に入れない生徒が多い。記者が訪れた1月末、10人余りのクラスは食品添加物を学んでいた。

「AとBの液体、さて正体はなんだと思う?」

先生がにこやかに問いかける。AとBを飲みくらべ、ひとしきり感想を言わせた後だった。

「Aは天然果汁。Bは清涼飲料のジュースやろ」

「すごい! Aは果汁100%、Bは0%でした」

生徒との対話の間に、先生は添加物を混ぜて色をつくる実験をしたり、図と写真を使って解説したり。その様子を、同僚の先生たちや、4月から教職大学院の教員となる研究者、校長OBらが見守る。

モデル授業の後は、養護学校と教職大学院のスタッフが交じって3班にわかれ、2時間弱にわたる意見交換になった。

養護側「自分の問題じゃないと、興味をもてない子が多い。今回は身近な題材を選び、視覚に訴える工夫もしました」

大学院側「発達障害のある子には、授業の流れを明確に示してあげるといい。そうすると、子どもはとても安心するんです」

こんな具合で、授業改善の知恵を出しあう。

福井大は01年度から、通常の大学院の修士課程に現職教員を受け入れ、その先生たちの出身校へと出向いて学びあうコースを開設。「院生」である先生だけでなく、同僚の先生にも加わってもらい、「現職教員と研究者とで学校改革」を試みてきた。このコースが、4月から始まる教職大学院の下地になるという。

準備を進めた一人、松木健一教授は言う。「教職大学院の目的は、授業づくりや生徒指導でリーダーになる先生を育てること。ただ、個々の先生を研修させて終わり、というのでは効果が小さい。リーダーのもとに、先生たちが協働して問題解決にあたるのを、丸ごと支えたい」

先生が学校を1〜2年間も休むことなく、大学院を修了できるように、という配慮でもある。大学院が出向く先の「拠点校」は、福井県教育委員会と相談し、県内10校と先生たちの研修施設と決まった。教授陣15人のうち、3〜4人がチームを組んで各校を支援。先生の経験がない新卒の院生も、拠点校の学びあいに加わるという。

教職大学院の成否のカギを握るのは、県教委と連携がとれるかどうか。「教職修士」をとった人たちが採用、配置、給与などで適切に処遇されないと、1年間で約80万円、2年間で約130万円も払って学ぶ人はいなくなる可能性がある。

「福井大の場合、01年度から連携を強めたので、県教委との信頼関係はできている。処遇もあまり心配していない」と、松木教授は言う。院生予定者のうち15人は、県教委がリーダー格と見込んだ「推薦付き」。2人の院生を出す学校には、非常勤の先生1人分を増やす約束もできている。

◆教員リーダー養成へ19カ所

発達障害、いじめ、小学校英語、体験学習……。子どもも課題もどんどん多様になる中、幅広い知識で同僚を引っ張れる教員リーダーが必要になってきた。

こうした事情を背景に、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が06年、研究者というより教員リーダーを育てる「教職大学院」の創設を提言。文科省が07年、各大学からの設置申請を受け、19カ所を認可した。

求めるリーダー像やカリキュラムは、各大学院によって異なる。だがいずれも模擬授業、グループ討論といった「実践」を重視。周りの小中高から「連携協力校」を得るよう義務づけられ、院生はこの連携校などで10単位(350〜400時間)以上の実習をこなさなければならない。

現職教員が院生になる場合は、実習がある程度免除されるため、標準2年のところを1年で修了することも可能。逆に、夜間だけ学ぶなどして、3年以上かけるコースもある。

ただ、教職大学院の滑り出しは必ずしも順調でなさそうだ。12〜2月の募集・選考の結果、半分近くが定員割れ。追加募集で満たすところもある。

「現職教員の場合は、送り出す教育委員会の側で人的、財務的なやりくりが間に合わなかったのだろう。また、大卒の場合は就職環境が好転し、就職の方に目が向く人が多いためでしょう」。8大学による連合教職大学院を準備した京都教育大の武蔵野實(まこと)・副学長は言う。大学院を出た後、処遇面でどんなメリットを受けられるのか、まだ見えないことも影響したようだ。

東京都教委は採用試験を実施するとき、都内の教職大学院を出た人については、試験科目の一部免除といった「特例」をもうけるなどで大学院側と合意。2月に協定を結んだ。こうした教委と大学院の連携強化が急がれる。