『読売新聞』2008年3月3日付

博士、小中高教諭目指す 就職難も背景に(秋田)


「博士号」を持っている人を、教員免許がなくても小中高校の教諭に採用する県教育委員会の初めての試み。その採用試験となる「博士号保有者特別選考」が29日行われ、書類審査をパスした15人が潟上市の県自治研修所で、最終選考の小論文と面接に臨んだ。「博士難民の助け舟」と受験者自身が話すほど就職難の博士たち。“博士教諭”1期生として、後進へ続く道を開こうと意気込みは十分だ。

★研究生活の裏側

「正直、もう研究生活に疲れて、これからどうしようかと考えているとき、教諭の採用があると知ったんです」。面接試験を待つ控え室で30代の男性博士はこう切り出した。首都圏の進学校を卒業し、有名国立大に入学。修士、博士と進み、順風満帆に思われた。

博士号保有者が大学の研究室で教授などをサポートする「ポストドクター(ポスドク)」として大学に残った。好きな研究に没頭するはずだったが、「コピーやら資料収集やら実態は教授の小間使い」。午前8時半から深夜、日付が変わるまで拘束された。月給は25万円ほど。任期3年の“契約職員”。退職金もない。月3万8000円のワンルームは寝るためだけになった。

研究室には40代になっても、助教になれず、ほかの大学や研究所にも受け入れてもらえず、途方に暮れる先輩のポスドクがいた。「教授というステータスにこだわれば、自分もこうなってしまう。早くこのしがらみを断ち切らなければ」。迷わず採用試験に応募した。

★“博士の教育”実践

小論文対策の参考書を抱え試験会場を訪れた東京都内の女性農学博士(31)は「肩書ばかりで使えない」と言われてしまうかもしれないと、教諭になった時の心配を口にした。

宮城教育大教育学部で、教育学(生物)を専攻し、教員資格を取った。その後、東北大に進み、修士、博士課程を修了。現在は任期付きで、東大でポスドクとして研究生活を送る。

学生時代は森林散策の案内をするボランティアで昆虫や植物の説明をし、小中学生の興味を引き出すことを楽しいと感じたという。「ほかの教諭とのコミュニケーションを心掛け、良いところを学んでいきたい」と話す。

「農学は生態系や環境問題などに通じ、生徒たちにも身近な学問。科学は常に進歩し続けていくからこそ、研究者として、生徒たちに新しい情報を提示していきたい」と博士ならではの教育を実践したいと思っている。

★新たな道

今回受験したきっかけはさまざまだ。慶応大助教の男性農学博士(39)は、指導教官に「東北はきみにあってるよ」と言われ、応募に踏み切った。「大学の教壇に立つようになってから、教育のおもしろさを実感している。これまで培った知識を社会へ還元していきたい」。研究室にとどまるより、新たな道に希望を見いだす。

京都府から来た男性の理学博士(36)は、物理学会のホームページで、県の教諭採用があることを知った。「博士の就職先がなく、学会も支援してるみたいです」と苦笑いする。

盛岡市の男性の農学博士(32)は、知人に聞いて募集に飛びついた。一般企業への就職を考えたこともあったが、「うちにはもったいないね」とやんわりと断られることがあったという。「博士教諭の第1期生になれば、その実績によって全国の自治体にも、こうした採用が広がるかもしれない」と意気込む。

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「博士号保有者特別選考」には、台湾や米国在住者を含め計57人が応募した。採用枠は2〜3人の予定だったが、県高校教育課は「ふさわしい人材がいれば増やすこともある。しっかりと吟味したい」と当初、11日だった結果発表の日程を、14日にずらした。

1次試験は書類審査で18人を選考。今回の2次試験は3人が辞退し、15人が小論文と面接を受験した。

小論文のテーマは「現在の教育情勢を踏まえ、あなたがしたいこと」。80分間に800〜1000字で考えをまとめさせた。

その後の面接では志望動機などを聞いたほか、中高生に自分の研究内容を説明する想定で「模擬授業」をしてもらうユニークな内容だった。