1月30日の共同通信の配信記事について

佐賀大学の豊島です.1月30日の共同通信の配信記事について文科省と共同通信に問い合わせをしました.その結果報告と感想です.

===要約===
共同通信の記事の「文部科学省は・・・・方針を固めた」という表現が具体的にどのような事象を指すのか不明なため,文科省と共同通信の双方に電話で問い合わせをしました.その結果,典型的な「リーク情報による記事」であることが判明しました.文科省は何も決めていないと否定しますが,共同通信は,確かな情報に基づいており,内部でこのように決めているのは間違いないとのこと.後者が確からしい.このような事態に対して大学界はほとんど反応していません.
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30日の共同通信の報道内容が「文部科学省は・・・大学の学部(学士課程)の教育期間で学生が身に付けるべき知識や技術など教育内容や到達目標を示した指針を、各専門分野ごとに策定する方針を固めた」という表現になっており,具体的に,文科省の誰が,いつ,どこで,どのような発言をしたのかが曖昧なため,直接文部科学省に問い合わせました.担当は「高等教育企画課」という部署のようです.

新聞記事の内容を説明し,いつ,何を,どのように決めたのか,と聞くと,文部科学省の返事は「何も決めていない.1月23日に開かれた中教審の部会(大学分科会の「制度・教育部会」)を取材した記者が推測で書いたのではないか」というような返事でした.

そこで,この記事を配信した共同通信に電話で.「方針を固めた」というのは具体的にどのような事象なのか,つまり誰が,いつ,どこで,何を言ったのかを聞いてみました.返事は,具体的なニュースソースは言えないが,記事の内容は確かだ,とのことです.

以上から,このニュースが典型的ないわゆる「リーク」による報道のパターンであることが分かります.ニュースソースは私人などではなく役所という公的な機関であり権力機関なので,情報源を秘匿しなければならない理由などないはずです.(内部告発では,情報源は私人であり「機関」ではないので,全く事情が異なります.)権力機関である組織の重要な決定が,情報源も特定されず,つまり責任の所在を完全に曖昧にして,あたかも「うわさ」のような形式で流されているのです.

もちろん,どのような形であれ,政府機関の動きができるだけ伝えられることが望ましいので,報道する側としては,たとえ情報源が不明でも状況をできるだけ伝えたいという気持ちだろうと思います.しかしこのようないわゆる「リーク情報」は同時に,だれも責任を取らずに「アナウンス効果」で関係者や国民に暗示をかけ世論を誘導することを狙うものなので,報道することでメディアがその片棒を担ぐことにもなります.(つまり,まさに報道されることによって,その「決定」が本当に,社会的に,「固まる」のです[註].)

このディレンマをメディア関係者はどう考えているのでしょうか.このままでいい,あるいはどうしようもない,と言うことでもないと思いますが・・・.

報道された事実に関してですが,どうやらこの「方針」は,共同通信によると,その「固めた」という表現のとおり事実上の決定のようです. しかしその決定プロセスは全く不透明です.いかなる法的根拠で文部科学省官僚がこのような「決定」をできるのでしょうか?中教審のどの審議会でもそのような「方針」が決まったわけではないのです.タテマエは,このような審議会からの結論をもらって,それを政策に反映させる,ということだったはずですが・・・.

このように,審議会の結論が出る前に,役人の側が「方針を固める」という事実が存在することが共同通信によって暴かれたわけです.つまり,役人があらかじめ路線を敷き,それをなぞった結論を「審議会」に出してもらうというパターンが「疑惑」としては存在しますが,これが報道として表面に出てきたことになります.

文科省が「固めた」この「方針」の内容自体も前の記事で述べたように大学というものを全く変質させるものですが,それだけでなく,決定プロセス自体の「官主主義」も露見しました.にもかかわらずこれに対しする大学界の反応が鈍い,というよりほとんど反応していません.学界を代表するような学者たちの発言も見られません.ずいぶん前から『学問の自由』や『大学の自治』という言葉が恐ろしく摩耗してしまっていますが,今日の大学界の状態はむしろそれを通り越して,もはや「認知症」という形容でもすべきでしょうか.リークした文部科学省官僚は, 「これで行ける」という感触を持っているのではないでしょうか.

[註] 教養解体の動きが始まろうとする時のある教授会の風景を思い出します.その席上,ある教授は新聞のこの種のリーク情報を示して,「新聞が報道しているくらいだから政府・文部省がこの方針を固めていることは間違いない」として,「もはや教養解体の是非を問題にする時ではなく,その準備に移るべきだ」と主張していました.

(なお,ブログにもこの件で以下の記事を書いています.)
1)大学版「学習指導要領」を文科省が企む
 http://blog.so-net.ne.jp/pegasus/2008-01-31
2)大学版「学習指導要領」 その2(この投稿とほとんど同じ文章)
 http://blog.so-net.ne.jp/pegasus/2008-02-05

豊島耕一
http://blog.so-net.ne.jp/pegasus/
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