『しんぶん赤旗』2008年2月3日付

若手研究者の就職難
シンポ発言から (上)


二日に開かれた「若手研究者の就職難と劣悪な待遇の解決のための公開シンポジウム」のパネリストの報告(要約)を報告順に紹介します。

吉田裕氏(一橋大学大学院社会学研究科教授)、石井郁子氏(衆院議員、日本共産党副委員長)の報告は(下)で紹介します。

当事者が声をあげて

NPO法人サイエンス・コミュニケーション代表理事
榎木英介さん

このような機会をいただきありがとうございます。NPO法人サイエンス・コミュニケーションは、知識を持った人たちが生かされる社会をつくりたいということで活動している団体です。

今日、お話ししたいのはポスドク問題です。博士号を取得した後に、 三年とか数年の短期雇用で、研究をする人のことです。終身雇用につながっているわけではなく、大学で教員を募集すると百人、二百人の応募がくるほど、就職先が少ないですから、多くの人が将来に不安を感じている状況です。

こんななかでポスドクの人たちの高齢化が進んでいます。最近、四十歳になったが、来月で任期が切れる、どうしようと相談を受けたのですが、ポスドク全体で四十歳以上の人が十人に一人いて、年々増えているという状況です。ポスドクの人たちは年金未加入の人が多く、深刻です。

私は、当事者がもっと声をあげていかなければならないと考えています。一人ひとりばらばらではだめなので、ポスドクネットワークをつくり、広く社会の人々に支持されるなかで解決していきたいと思うのです。

ポスドクは使い捨て

元産業技術総合研究所主任研究官
岡田安正さん

筑波研究学園都市では独立行政法人化以後、ポスドクが激増し、研究機関にとって不可欠な存在となっています。任期後、研究者を断念する人もいます。筑波大学では、助手(助教)ポストがなくなり、後継者問題が深刻になっています。

当事者との懇談で「プロジェクト参加中は職務専念義務があるために、科研費などに応募できない」「任期中は、退職金の年数に入らない」などの実情が出されました。

政府の科学技術総合計画のもとで、競争的資金が増える一方、運営費交付金が削減され経常研究はできなくなっています。計画そのものが「若手研究者の使い捨て」という負の遺産を生み出しています。研究がポスドク頼みでは、長期的視野の研究ができず、日本の未来はありません。

実情把握の必要性を訴えたい。文部科学省の調査では、就職者のなかにポスドクが含まれ、問題の深刻さが薄められています。収入が月にゼロ―数万円で研究を続けている「支援なしポスドク」の数もわからない。大学の指導教官に報告させて統計をとるべきです。

研究の発展のために

日本物理学会キャリア支援センター長(愛知大学教授)
坂東昌子さん

かつては大学院といえば研究者の養成機関だったが、大学院の設置基準が変わって、多様な専門職へ進むべきであるという政策的な圧力もあって大学院生を増やしました。しかし、財政的な保証や進路のことなど、後のことを考えていなかった。ポスドク一万人計画は重要だが、増えたオーバードクターへの対応とみられても仕方がありません。

現在、以前の助手層がポスドクに入れ替わっていて、研究者の約三分の一はポスドクなど不安定雇用で成り立っています。彼らなしに研究の発展はありえない。ポスドク問題は物理学会全体の問題です。

ポスドクの状況はつかみにくくて、任期が切れた人は学会もやめてしまうし、海外にいるポスドクも増えています。

現在、応用分野は広がっている一方で、基礎分野の人員が減らされています。しかし応用ばかりしていては応用はできないようになると思います。基礎を充実させて学問のルネサンスを起こし、底力をつけていこう、と呼びかけたい。

『しんぶん赤旗』2008年2月4日付

若手研究者の就職難
シンポ発言から (下)


「若手研究者の就職難と劣悪な待遇の解決のためのシンポジウム」 (二日、日本共産党学術・文化委員会主催)のパネリストの報告(要約)を昨日に続いて紹介します。

文科行政の転換必要

一橋大学大学院社会学研究科教授
吉田 裕さん

人文・社会科学系の大学の現場を一橋大学の事例で報告したい。大学院重点化前後の変化をみると、一九九六年から二〇〇七年にかけて大学院修士課程入学者数は二・八倍で教員数の伸びは一・一倍ですが、一九七八年度と〇七年度を比べると、修士課程入学者数で六・四倍、教員数は一・八倍で、がく然とします。

重点化と大学法人化にともない、教員は多忙化し研究・教育に割ける時間が少なくなっています。大学の予算減に対処するため外部資金を獲得しなければならず、獲得してもその運用に追われる悪循環です。指導する大学院生の増大で、院生に対する指導も不十分なものとなっています。

就職難も深刻で定員を超える博士がいます。高い授業料などによる生活も悪化しています。博士課程への進学志願者が〇五年から〇七年にかけてほぼ半減。若手研究者の養成が困難になり研究者の縮小再生産の段階に入っていると実感します。

大学間格差の急激な拡大で、深刻な状況は加速されると考えます。就職支援も修士課程修了者で動き出していますが、博士課程の大学院生には手が打たれていません。

文部科学行政の根本的転換がなければなりません。とくに人文系の大学の運営費交付金の大部分は人件費で、削減は予算面から教員ポストを減らさざるをえない状況が生まれています。なんとか解決しなければ科学技術体制の今後はありません。

国が人件費479億円減

衆院議員 共産党副委員長
石井郁子さん

昨年末に「若手研究者の就職難と待遇に関する質問主意書」を提出し、ポストドクター(非常勤研究員)や非常勤講師の実態調査を求めるとともに、政府の責任をただしました。

就職難の背景に政府の「大学院生の倍加」政策があり、高等教育充実のための人員増や大学・研究機関の予算の抜本的拡充、民間企業などへの就職先の確保の対策を政府は怠ってきました。

さらに「構造改革」路線にもとづく市場原理主義を学術の分野に持ち込み、研究費の削減・競争資金化などの政策で事態をいっそう深刻にしました。国立大学が法人化後に削減した人件費は四百七十九億円で、旧国立大学時代の助手の初任給の一万人分です。これだけ、助手や助教の採用を抑制しているのです。非正規雇用の増大は構造改革路線によるものです。

当面の対策についての質問にたいし政府は、大学や研究機関による転職支援は「重要」と回答しています。政府の具体的な取り組みのいっそうの強化が求められます。大学教員の増員について政府は「業務の実施に必要な経費について適切に対応」すると答弁しています。日本の教員一人あたりの学生はイギリスの一・四倍、ドイツの一・七倍です。大学教員の増員は不可欠です。財源はあります。大学・公的研究機関の人件費削減を元に戻すだけで一万人の雇用が生まれます。

若手研究者の深刻な実態を根本的に解決するには、当面の対策とともに政府の科学技術政策の根本的転換が必要だと考えます。