『中国新聞』2008年1月11日付〜13日付

大学全入時代 あえぐ中国地方<上><中><下>

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大学全入時代 あえぐ中国地方<上>

大都市圏から「入試攻勢」
私立24校 定員割れ


全国公立大と大半の私立大が参加する大学入試センター試験が十九日から始まる。しかし、十八歳人口の減少から一部の難関校を除けば、志願者と入学定員が同数の「大学全入時代」に実質入っている。中国地方の四年制の私大三十六校のうち、三校に二校が昨年は定員を充足できなかった。若年人口の集積も担う大学の浮沈は、地域の未来にも大きくかかわる。中国地方の大学の現状と展望を探る。(藤村潤平)

「一学年百四十人を、山陰だけで確保するのは無理」。萩市にある山口福祉文化大の塩見範雄理事長(60)は、人影もまばらなキャンパスで率直に明かした。大幅な定員割れから経営難に陥り、民事再生法の適用を受けた萩国際大を支援する建築設計関連の塩見ホールディングス(広島市南区)の営業本部長でもある。 福祉系の学部に改組し、校名も一新したが、初年度となった昨年の入学者数は二十四人。萩国際大時代からの五十四人と合わせても、全学生数は七十八人にすぎない。

なりふり構わず

「地方」「小規模」「新設」―。定員割れした大学に共通した点だ。高校や予備校の担当者が一様に指摘するように、受験生は大都市圏の大学への志向を強め、二極化現象が深まっている。

塩見理事長は、東京都と呉市にある関連事業所内にサテライト教室の開設を文部科学省に掛け合い、取り付けた。「留学生や社会人が都市部で働きながら学べるようにして定員を確保する」のが狙い。入学予定者は現在、昨年より倍増の五十九人を確保した。大学存続のために、半ばなりふり構わぬ学生集めをせざるを得ない現実が、地方の私大にのしかかる。

人口減が続く中国地方では昨春、三十六校のうち二十四校が定員割れ。四校は定員の半分にも達しなかった。調査を続ける日本私立学校振興・共済事業団は「地方の私大は教育や就職で特色をつくっていかないと、学生の確保はますます困難になる」と、破たんが起きることを否定しない。

大都市圏の有力校も地方への出張入試や、一回の試験で複数学部に出願できる「統一入試」を次々と打ち出し、学生の取り込みを強める。

広島は草刈り場

「とりわけ広島は受験生の草刈り場になっている」と、大手予備校の代々木ゼミナール広島校は解説する。進学率が京都、東京に次ぐ全国三位と高く、昨年は進学した約一万五千三百人の50%が県外の大学を選んだ。この二月には明治大が初めて会場を設けるなど、百三十一校が広島市で出張入試を実施する。広島の私大は首都圏や関西圏の攻勢にもさらされている。

定員割れの私大に対し、政府は二〇〇七年度から補助金の減額幅を拡大する一方、解消に取り組む大学には特別補助金を五年間交付する。いわば「アメとムチ」の制度の導入。この制度に、私大五百八十校のうち七十四校が応じた。今月内にも内定通知が出る。

広島市安芸区の広島国際学院大も申請した。四月に工学部と情報学部を改組し、定員を四百九十人から約三割減の三百四十人とする。今の学生数を維持できれば、全体の定員充足率は61%から88%に改善する見込みだ。

ただ、今村詮(あきら)学長(73)の表情は硬い。「高校三年生への求人回復もあり、肝心の新入生の確保が見通しにくい」という。経営改善に努めながらも、それを上回る勢いで激化する大学間競争の波が、自校にも押し寄せているからだ。

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大学全入時代 あえぐ中国地方<中>

学生確保 あの手この手
AO入試・社会人枠に活路


制服姿の高校生が、冬休みのキャンパスに続々と集まってきた。入学前教育に参加するためだ。広島市東区の比治山大は、アドミッション・オフィス(AO)入試の合格者を対象に、全国の大学でも珍しい単位を認定する入学前プログラムを昨年から始めた。

二〇〇八年度に入学するAOの合格者は、前年度の約二・六倍の百二十人を出した。大幅に増やしたのは、同大が一九九四年に短大から四年制へ移行して以来、前年度で初めて陥った定員割れが絡む。「AOは広島エリアで過熱している。大学を健全に運営していくためにも対抗せざるを得ない」。経営企画を担う金野伸雄副学長(58)は大学としての危機感を表す。

志願者の意欲や能力を面接で評価するAO。国内に導入された九〇年代は低調だったが、十八歳人口の減少に連れて逆に高まった。前年度は私大の七割に当たる四百二校と、国公立大の五十二校が実施。各大学が「十一月に解禁」と申し合わせている推薦入試と違って、入試期間を早めに設定でき、学生確保のめどがつきやすいからだ。

学力の低下懸念

もっとも、高校からは「大学の青田買い」との批判が強い。各大学の教員の間でも「英語を読めない、日本語のリポートを十分に書けない学生が増えている」と学力低下を指摘する声も根強い。

比治山大の金野副学長は「こちらも合格させた以上、卒業時には学士にふさわしい能力を身に付けさせる」という。

学生を取り込もうとする動きは、AO入試に限らない。福山市の福山大は昨年までの一年二カ月で、広島と岡山県内の高校や専門学校の計三十三校と教育交流の協定を結び、教員らの出張授業に拍車をかけている。大学のホームページは、各校との調印の様子を写真付きでも紹介している。

吉原龍介副学長(70)は「高校生らが大学の授業にも触れることは、進学への意欲を高め、地域の人材育成にもつながる」と強調。また「学生集めが厳しいからこそ、できれば交流先から多くの生徒に入学してほしい」と期待をのぞかせる。同大は一般入試を一月末から三月中旬まで行い、試験会場は全国二十二カ所を数える。

十八歳人口は、九二年度の二百五万人から下降線をたどり、〇七年度でみると37%減の百三十万人。国立社会保障・人口問題研究所は、今後十年間は百二十万人前後で推移するが、少子化が続けば今世紀半ばには八十万人まで落ち込むと予測している。

一方、政府の規制緩和による大学設置の簡素化や短大の四年制化が進み、私大は九二年と比べ百八十校増えた。国公立と合わせ、全国の大学は七百五十六校に上る。

「体質改善が鍵」

縮小する「需要」と「供給」の過剰から、社会人の受け入れに活路を見いだそうとする大学も現れる。

宇部市にある福祉系の宇部フロンティア大は、社会人がそれぞれの事情に応じて修業年限を超えて学べる「長期履修学生制度」を〇三年度から導入した。これまでに八十人が入学し、社会人が全学生の約15%を占めるまでになった。

昨年十月からは平日夜に公開講義を開始。年末には社会人を対象とした初のオープンキャンパスを開いた。松本治彦副学長(53)は「先細りする若年層だけをみていては大学は成り立たない。体質を変えなければ生き残れない」と断言する。サバイバルを図る各大学の試行錯誤が続く。(藤村潤平)

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大学全入時代 あえぐ中国地方<下>

活力創出 増す存在感
自治体に連携・支援の動き

山口大の県内生産誘発額は年間六百六十七億円―。文部科学省が日本経済研究所(東京)に委託し、昨年三月にまとめた試算値に山口大自らが驚いた。平田博教総務課長(42)は「研究や人材育成に加え、大学が持つ地元貢献を知ってもらえる絶好のデータ」と受け止め、県や岩国商工会議所などとの交流会で詳細を積極的に説明している。

9000人の雇用生む

試算は、学部生・院生約一万人と教職員約四千人の消費額も織り込み、県内で生み出している雇用は九千人、地元への税収効果は十一億六千万円とはじく。全体の生産誘発額は、宮城県が試算したプロ野球楽天イーグルスの設立時の経済効果の約六・七倍にも当たる。

国立大が地元にもたらす経済効果についての初の検証は、文科省が財務省へのけん制を狙った。

国立大の運営費交付金は四年前の法人化を機に年1%ずつ減額され、研究実績に応じた配分が検討されている。この「成果主義」の導入に危機感を覚え、弘前、群馬、三重、山口大の四校を対象に試算。大学の存在価値と地域貢献を学外に数字で分かりやすくアピールしたともいえる。

「自治体は、若者を地域に呼び込み活力を生む大学にもっと関心を持ってほしい」と、「教育ネットワーク中国」代表幹事で広島修道大の市川太一教授(59)は唱える。

ネットワークは一九九八年に発足し、鳥取を除く中国地方四県の国公私大・短大など二十七校が加盟。単位互換や高校生向け公開講座の拡充に力を入れるが、「広島市でも学官の連携には至っていない」と市川教授。

大学の数がほぼ同じの政令市でみると、別表のように、広島市の学生数は約三万人と最も少ない。全国の学生総数が大幅に増えているにもかかわらず、この十年間で逆に減っている。都市としての吸引力の低下は、学生数にも現れている。

高校や予備校の進路担当者らは「広島は百万都市とはいえ魅力のある大学が少ない」という。だが、減り続ける十八歳人口の流出が続き、しかも中核都市の吸引力が衰えれば、地域全体の活力低下や人材難につながる。

求心力向上狙う

ここに来て、広島県は対策に本腰を入れようとしている。県の重点施策で初めて「高等教育の魅力向上」を三月にまとめる行政指針に盛り込み、地元大学との連携促進や国内外からの学生受け入れに取り組み、広島の大学の求心力アップに努める。「県は県立大のことだけを考えていればいいという時代は終わった」(石田文典学事室長)

中四国最大の総合大である広島大(東広島市)でも、前年度の一般入試志願者は約一割減をみた。教育学部の後期試験では一部専攻で受験者がゼロとなった。「高等教育の魅力向上」という目標は、もはや私大だけの問題ではない。

広島大高等教育研究開発センター長の山本真一教授(58)は「全入時代で大半の大学が入りやすくなった。入試の難易度で大学の実力はもう計れない」という。今、大学に問われているのは「いかに本物の学士力を付けさせ、社会に送り出すかだ」と指摘。また「学生の質の高さが、その大学の実力や魅力の証しである」と説く。

若年層の大都市圏への集中が進む中、受験生や保護者らの期待に応える教育に努める大学は、生き残るに違いない。魅力ある大学であれば地元や他の地域からも関心を集め、支持されるはずだ。(藤村潤平)