『朝日新聞』2007年12月18日付 医学部「地域枠」広まる 地元学生で医師不足解消を狙う 08年度の国公立大医学部入試で、「地域枠」を設ける大学が初めて全体の半数を超す。地元高校の出身者らを特別な枠で選抜する制度で、地方の医師不足の解消が狙いだ。一方、地元限定による「質」の低下への懸念などから、地域医療への従事を約束する受験生を全国から集める動きも出てきた。学納金の値下げに踏み切る都内の私立大もあり、医師を目指す受験生へのラブコールが強まっている。 08年度入試から「地域枠」を導入する国公立大 ■勤務を条件に全国からも 河合塾の12月14日時点のまとめでは、08年度から新たに地域枠を設ける国公立大は旭川医科、新潟など10大学。既に始めていた大学を合わせると27大学に上り、医学部医学科(一部は別の名称)のある50の国公立大の過半数に達した。医師不足が深刻な地域の大学を対象に、政府が医学部の定員増を認めたことなどが背景。推薦入試がほとんどだが、AO入試を対象とする長崎大のようなケースもある。 難関である国公立大の医学部入試は、全国から受験生が集まる。文部科学省の調べでは、国立大の医学部医学科に入学する学生のうち、地元出身者の割合は約3割(07年度)。そんな中、地元出身者の方が将来も残ってくれる可能性が高いと期待し、地域枠が次々と設けられるようになった。 地域枠を新設する山梨大医学部の場合、08年度の募集人員は110人。推薦入試の枠は40人で、そのうち県内の高校出身者を対象とする地域枠が30人以内と、全国で最大規模になる。同大入試課は「県から医師確保の要望が強く、大学としても県民の思いにこたえることにした」。志願者には、医師免許取得後に一定期間、県内で働くとの誓約書を出してもらう。法的な拘束力はないが、修学資金の給付制度を設けて一定期間の勤務を条件に返済を免除するなど、動機付けも図る。 旭川医科大は、08年度は90人中10人(編入学を除く)を地域枠とし、09年度には45人に増やす予定。定員の半数を地元に限るのは全国初という。奈良県立医科大は一般入試の後期日程に地域枠を設ける。他大学で後期廃止の動きが目立つ中、よそに流れていた受験生を引き込む狙いだ。 一方、受験層が狭まるとして学力面などでの「質」の低下を懸念する声もある。和歌山県立医科大は08年度、前年度より定員を増やす25人のうち20人程度を「県民医療枠」とした。同じく新設される県内募集で1浪生も対象の「地域医療枠」(5人)と異なり、全国の学生が対象。うち15人程度は推薦ではなく一般入試の前期日程の募集となるため、2次で英語と数学、理科の個別学力検査や小論文が課される。 卒業後は9年間、県内の中核病院などで働くという誓約書を出すことが条件だが、この枠で合格しなくても一般枠の選抜対象になる。南條輝志男学長は「地域医療枠で学生のレベルが落ちるようでは困ると思った。より良質な学生を集めるのが目的だ」と話す。 同大は枠を設けただけでは不十分として、「地域医療マインド」を育てる教育にも力を入れる。07年度には、地域の福祉施設や病院での実習を義務付けた教育プログラムが文科省の支援事業に選ばれた。南條学長は「地域の中でやりがいを感じることで、自然と地域医療に取り組むマインドが形成されていく」。 横浜市立大も08年度入試から「神奈川県地域医療枠」と題し、全国の受験生が対象となる20人の枠を新設。卒業後は一定期間、県内の医療機関で働くと約束することが条件だ。佐賀大は08年度、「佐賀県推薦特別選抜」を始める。全国の受験生を対象に県が面接などで6人程度を選んで大学に推薦、大学がこの中から2人を選ぶ仕組みだ。 山梨大も地域枠を「30人以内」とし、幅を持たせたのは理由がある。「基準を下げてまで学生を確保しようとは思わない」(前田秀一郎医学部長)からだ。 ■都内私立大、値下げで対抗 駿台予備学校が10月、都内の校舎に通う現役生と浪人生計313人に実施したアンケートでは、地域枠について半数以上が必要と「思う」と答えた。へき地医療への従事を「希望する」が17.9%、「問題ない」も57.5%で、地域医療に前向きな受験生は多い。 駿台の田村明宏・広報課長は「地域枠で医学部の地元占有率が高くなりすぎると、どうしてもレベル低下の心配は出てくる。アンケートを見てもへき地も辞さないという受験生は多いので、全国募集型で将来の地元勤務を約束してもらう枠もうまく利用すべきではないか」と指摘する。 厚生労働省などが06年にまとめた「新医師確保総合対策」により、医師不足が深刻な地域の大学は来年度から医学部の定員増が認められ、国公立大だけで計90人増える。今年も「緊急医師確保対策」がまとめられ、和歌山県立医科大などが定員増を決めている。 地方大が定員を増やしつつ地元の受験生を「囲い込む」傾向を強める一方で、都内の昭和大や順天堂大などは来春の入学者から学納金を値下げすることを決めた。 |