『朝日新聞』2007年11月26日付

国の研究費配分、国立・私立で格差?


国の研究政策をめぐって、研究費の配分でも国立大と私立大の間に「格差」があるという声は根強い。文部科学省は10月末、今年度の科学研究費補助金(科研費)1913億円の配分結果を発表した。科研費は国の競争的研究資金全体の約4割を占める最も一般的な研究費だが、この配分に格差はあるのか。研究費の問題に詳しい竹内淳・早稲田大教授と、科研費の7割強の審査を担当する独立行政法人・日本学術振興会の戸塚洋二・学術システム研究センター所長に聞いた。

たけうち・あつし 富士通研究所などをへて02年から現職。専攻は半導体工学。47歳。

とつか・ようじ 東京大教授などをへて06年から現職。素粒子ニュートリノ研究の第一人者。65歳。

●偏った審査制度に問題 竹内淳・早稲田大教授

科研費について、国立大と私立大の間には明らかな格差がある。

応募件数では私大は国立大の約半分だが、採択件数では約3分の1、配分額では約5分の1まで下がってしまう。主要学術誌の論文数(81〜97年)と比べても、私大は国立大の3割弱あるので、それ以上の差がある。採択率は国立大の44.2%に対して、私大は34.6%で10%近い差がある。

こんな差が生じるのは、審査制度に問題があるからだ。審査員の構成だけでなく、審査員を選んだり審査を司会進行したりするプログラムオフィサー(PO)の構成も、国立大に非常に偏っている。審査する集団と科研費を獲得する集団が重なっていることが問題なのだ。

同じ研究者が私大から国立大に移ったら採択されやすくなったとか、その逆の話はたくさんある。とくに1次の書面審査では1人の審査員が50件以上も担当しなければならない。すべてを詳細に検討するのは不可能に近く、ある程度は所属で判断していると考える方が普通だろう。

審査には多様な視点が不可欠だ。例えば全米科学財団(NSF)は審査員やPOについて、性別や年齢、所属のバランスまで十分に考えているが、科研費では選考基準で「配慮する」としているにすぎない。

さらに、今の審査では研究実績を重視しているため、科研費を獲得して成果を上げた研究者はますます多くの科研費を獲得することになる。現在、科研費の約半分は旧帝大など上位10大学に集中し、すでに「寡占化」の状態にある。

日本全体の研究水準を上げるためには一線級の研究環境にある研究者を増やす必要があり、豊富な人材を擁しながら研究環境に劣る私大や地方国立大などへの配分を厚くする「ポジティブアクション」的な考え方が重要だ。審査では、新たな拠点形成や人材育成などの要素を加えて、総合的に評価する必要がある。

●能力に差、私大は努力を 戸塚洋二・日本学術振興会学術システム研究センター所長

研究で一番重要なのは人の能力だ。イチローと二流選手の給料が100倍違っても誰も格差とは言わない。研究費についても、審査が公正かつ透明になされていれば、配分の差は能力の差によるものであり、格差ではない。

私たち(日本学術振興会)が実施している科研費の審査は100%完全ではないにしろ、これらの点に最大限配慮したものだ。

審査員は過去に科研費の研究代表者になったり、学会などから推薦を受けたりした研究者の中から、POが中心になって慎重に選ぶ。POはきわめて優れた現役の研究者で、大学などからの推薦をもとに研究業績や視野の広さ、外部の有識者による評価も加え、何段階もかけて選んでいる。

だから、審査にあたって国立大と私立大の間に恣意(しい)的な偏りがあるとは考えていない。同じ研究者が国立大と私大で所属を移った場合も、採択率に差はないということも確かめた。

科研費は実績があり、将来の発展が見込める優秀な研究者を支援する競争的資金だ。それが国立大、とくに旧帝大に集中しているのは、審査の問題ではなく、システムとして、優秀な研究者がそれらの大学に集中しているからだ。この現実を無視して、私大にもっと配分しろというのは、極論すれば「能力が劣る研究者にも研究費を配分しろ」ということで、「逆差別」にもなりかねない。

科研費を獲得したければ、私大ももっと努力すべきだ。例えば、教員1人当たりの応募件数は国立大の3分の1以下にすぎない。さらに、科研費をたくさん獲得できる優秀な研究者を国立大から高給で引き抜くくらいの気構えが必要だ。

ただ、とくに大型の科研費の場合、研究設備に差があるために国立大の方が獲得しやすい面もある。科研費に研究設備の整備を目的にした種目を新設して、国公私立の区別なく、競争的に研究設備を整備するのも一案だろう。