『毎日新聞』2007年9月26日付

キャンパスNOW:トップインタビュー 大阪大学・鷲田清一学長


◇語学教育、深く多彩に−−大阪外国語大との統合効果に期待

1931(昭和6)年に6番目の帝国大学として誕生した大阪大の歴史に今秋、新たな1ページが加わる。大阪外国語大との統合だ。あらゆる分野でグローバル化が進む中、多彩な語学力を身に着けた専門家の養成に取り組む。一方で、「地域に生き世界に伸びる」を基本理念に、源流である江戸期の学問所「懐徳堂」、私塾「適塾」の精神を受け継ぎ、一層の社会貢献策を探る。8月に第16代学長に就任したばかりの鷲田清一学長に、学長就任の抱負や阪大の将来像などを聞いた。【聞き手は鈴木敬吾・毎日新聞学芸部長】

◇「社学連携」で社会貢献も

−−創立以来、初の文系出身の学長です。

◆専門の哲学は日本ではたまたま文学部に入っていますが、欧米では領域を問わない学問とされています。文系、理系という区分は、研究対象が自然か文化かということでしかありません。

現代社会が直面している問題は、環境問題でも情報でも一つの学問で片付くものではありません。いろいろな視点からアプローチしないといけない。連携が大きな意味を持ちます。

また、学問は専門化すればするほど教養が必要になり、自分の研究の社会的な位置付けが必要になります。科学者こそ教養を持たないといけない時代になったという背景があり、これからますます科学研究にも人文学的素養が必要になります。

−−創立当初の阪大は医学部と理学部でスタートし、今も理系大学のイメージが強いですね。

◆戦後、総合大として再発足して以降、文系の分野でも大きな成果をあげてきていますが、特にこの10月の大阪外国語大との統合は決定的に大きいと考えています。名実共に総合大になります。

−−具体的にはどんなメリットがありますか。

◆グローバリゼーションが広がっています。しかし一方で中東政治の研究者が英語を使っていたりする。文化や社会の研究は、英語に翻訳してできるものなのでしょうか。

大阪外国語大の教員の3分の1は、外国語学部以外の学部を担当します。英語一元主義ではなくて、ネーティブな言語を使って、相手の信頼を得た上で、調査ができる。新しいタイプの研究者を育てたいと思います。

明治以降、日本は欧米を目指してきました。大学で学ぶ第2外国語はこれまで独語、仏語が主でした。しかしスペイン語、ポルトガル語、中国語、ハングル語など必要な言語はたくさんあります。将来就きたい職業や研究領域をイメージしながら、今必要な外国語教育を受けられることは、学生にとって意義が大きいと思います。

−−先日、元阪大教授の青木保・文化庁長官が講演で阪大に映画・映像関係の学部ができればと提案されていた。新しい学部・学科構想は。

◆さしあたってありません。というかこれまでにやってきました。サイエンスとテクノロジーを融合した基礎工学部、また全国の大学で初の人間科学部などです。

むしろ教育の実質化を図りたいと考えています。新学部ではなくて、教育方法の中にアートの手法を取り入れるのです。今までの大学教育は、言語リテラシーが基盤でした。文献を読み込む能力です。しかし現代社会は、言語以上にイメージで動いているのです。政治にしてもイメージ中心のテレビのニュースショーが大きな影響力を発揮している。経済もです。情報社会と言いながら、実は言語ではなくて、イメージのはんらんなんですね。それに対する判断力、「イメージ・リテラシー」が重要になるのです。その意味で、人文・社会科学などあらゆる領域でアート的な手法を教育の核に取り入れていきたいと思います。

−−政府の経済財政諮問会議は国立大の運営費交付金の配分に成果主義の導入を求めていますが、成果主義は短期的な結果を求めることにつながるという批判があります。

◆大学では研究がどんな意味を持つのか、どんな新しい知見をもたらしたのか、検証は当然必要です。ただその評価が一元的なものになってはいけない。モノサシが実はとても難しいのです。何かの役に立つのか立たないのかすぐには分からない研究がありますが、この研究は外したらあかんという幅のある視点、その余裕が大切です。

−−「阪大スタイル」の確立を言われていますね。

◆守りの阪大らしさではなくて、ワクワクするような研究、その環境作りなどこれまでになかったものを作りたい。教養とデザイン力、国際性を兼ね備えた学生の養成です。教職員も大学で働くメリットを生かした働き方ができるようにしたい。

−−地域とのかかわりでは「社学連携」を提唱されています。

◆今まで大学で社会との連携というと、「産学連携」でした。大学発のベンチャー企業などのように。しかし企業だけが社会でしょうか。市民や文化団体、自治体、いろいろとあります。市民の文化力の向上をサポートする事業をもっと進めたいと考えています。「社学連携」と「産学連携」の両輪で社会貢献をしていきたい。

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◇大阪大学

大阪府吹田市と豊中市にキャンパスがあり、大阪外国語大との統合で今年10月から箕面キャンパス(箕面市)が加わる。大阪市北区中之島にサテライトキャンパスを持つ。今秋以降、11学部(文・人間科・法・経済・理・医・歯・薬・工・基礎工・外国語)と15研究科の大学院になる。学生約2万5000人、教職員約5000人。