時事通信配信記事 2007年9月21日付

特集・教育再生を検証する(1)


★最大功績は基本法改正=改革で停滞脱すも「道半ば」

戦後最年少宰相として華々しく登場した安倍晋三首相。その首相が突然の辞意表明まで約1年間、最重要課題として取り組んだのが「教育再生」だ。教育は国民生活に最もかかわりの深い分野の一つだが、改革の成果は見えづらく、一般国民に伝わりにくい。果たして安倍内閣の「教育再生」では、何が行われ、何が変わったか、検証した。

    ◇改革の原点

安倍内閣の「教育再生」で最大の功績は―。文部科学省の官房と生涯学習政策、初等中等教育、高等教育各局で、審議官、課長級の幹部7人に聞いてみた。6人が「教育基本法の改正」と即答。1人が「教育再生会議の設置」と答えた。

文科省と自民党の長年の懸案だった教育基本法の改正は、およそ3年にわたる自民・公明両党の議論を経て、小泉政権下の2006年4月に改正案が通常国会に提出された。そして、安倍政権発足後の臨時国会で会期末ぎりぎりの同12月、成立に至った。

小泉、安倍の2内閣、2国会を経て実現した同法改正だが、担当した文科省幹部は「安倍内閣で最重要法案として扱われたからこそ成立できた」と話す。「『米百俵の精神』と言いながら、教育改革は、あまり進まなかった」などと、小泉純一郎前首相の下で停滞感を覚えていた文科省職員にとって、改革の原点となる同法改正は「ようやく動きだす」という期待感にもつながったようだ。

基本法の改正から間を置かず、安倍首相は07年1月、学校教育、地方教育行政、教育職員免許法で構成されるいわゆる「教育改革関連3法」の改正を指示。これを受け、中央教育審議会(文科相の諮問機関)が、異例のスピード審議で3法についての答申を行い、それを基に法案がまとめられ、同3月末には国会に提出された。

同3法についても、最重要法案の一つとして扱い、衆院には、これもまた「異例」とされる特別委員会を設置して集中審議を敢行。その結果、会期末ぎりぎりの6月、成立にこぎつけた。

「地教行法は、首相の指示が無ければ、改正されなかったかもしれない」と、担当局のある幹部。教育委員会制度改革を柱とする地教行法改正について、伊吹文明文科相は基本法が改正された直後、検討には少し時間がかかるとの見方も示していたが、首相指示を受けて方針転換した経緯がある。

参院選が自民党の歴史的惨敗に終わり、結果として「これから提出したのであれば、(民主党の反対で)絶対通らない」(幹部)ことになる。別の幹部も「あの国会でなければ、(教委改革に盛り込まれた)国の関与強化など通るはずがなかった」と振り返る。



時事通信配信記事 2007年9月21日付

特集・教育再生を検証する(2)


◇小泉改革の反動も

一方、最大の功績に「教育再生会議の設置」を挙げた幹部は「(設置により)今までの方向(の流れ)を防いだ」と力説する。同幹部によれば、官邸に設置されている経済財政諮問会議や規制改革会議は「市場原理を唯一絶対の価値」としており、これらに対して「文科省は抵抗するすべがなかった」。教育再生会議が官邸に置かれたことで、こうした流れが変わったという。

実際、特に規制改革会議は、文科省を「ターゲット」としている節があり、その提言も市場原理や競争原理を強く主張したものが多い。常にこうした主張に反発した文科省は「抵抗勢力」とされ、事実上、規制改革会議などが「勝利」する場面が多かった。

例えば、構造改革特区では、文科省が反対してきた株式会社の学校経営参入が実現。04年には、株式会社が運営する全国で初めての朝日塾中学校(岡山市)、LEC東京リーガルマインド大学(本部東京都千代田区)などが開校し、注目を集めた。しかし、最近では、そのLEC大学が、「ビデオを流すだけの授業が行われている」などと指摘され問題になった。文科省も学校教育法に基づき、大学に対しては初となる改善勧告を行った。

また、競争原理や市場原理について考えさせられる出来事として、東京都足立区の事例もある。学力テストの成績の伸び率を予算の配分に反映させていた同区では、学力テストをめぐり、学校長や同区教委がかかわった不祥事が相次いだ。

教育分野で競争原理、市場原理が過熱すれば、「学力向上」といった本来の趣旨がかすんでしまう危惧(きぐ)もある。小泉改革の反動もあってか、安倍政権下では、教育分野で競争原理、市場原理を強調することを「再考」する流れも強まってきたように見える。

地方分権の推進についても、若干の変化が指摘される。もちろん、教育行政においても地方分権の重要性を否定する人は少ないが、高校必修科目の履修漏れ問題や相次ぐいじめ自殺などを通じ、「では国の責任はどうなのか」と問う声が強まった。その結果が、改正地教行法に盛り込まれた教委に対する国の指示権などだ。

「実際に指示権など発動できるわけはない」というのが関係者の一致した見解。それでも国の関与強化に動いた背景には、小泉改革で三位一体改革などを通じ地方分権が強力に推進される中で、「教育は最終的に国が責任を持つものであるべきだ」と改めて確認する必要性を感じる教育関係者が少なくなかったことがあるようだ。

    ◇3分の1プラス6分の1

1年という極めて短い期間で、安倍首相の「教育再生」は制度の根幹となる法律を変え、政府の教育に向き合う姿勢は変容したようにも見える。

「安倍内閣の下で実態的に最も進んだのは教育改革じゃなかったかと思う」―。首相の辞任表明直後の会見で伊吹文科相は語った。文科相によれば、教育基本法、教育改革関連3法の改正で「(教育再生の)3分の1ができた」。残りのうち3分の1が予算で、「これから教育に携わる者が未来に対する責任を果たしていくという強い意志を持って初めて100パーセントになる」という。

法改正の3分の1と「(来年度予算)概算要求は作ったから6分の1」で、合わせて現在は「半分くらいの状況」と文科相は分析する。ただ、教育再生に向けた意識改革はある意味で法改正よりも難しいようにも見える。予算にしても、前半の概算要求の取りまとめより、要求を年末で予算編成に反映させることの方が誰が見てもはるかに難しい。

「3年間で教職員2万1000人増」。文科省が今回の概算要求で打ち出した数字だ。これがどの程度実現するかで、教育再生に向けた首相の実行力が試されると注目されていた。文科相は、「非常に心残りだっただろう」と首相の心境をおもんぱかったが、問題に対峙(たいじ)することなく辞任する首相に、文科省内にも脱力感が漂う。

「道半ば」の教育再生だが、次の政権が現路線をそのまま引き継ぐかどうかは不透明。まずは「2万1000人」の扱いが、再生への意気込みを問う試金石となりそうだ。(以下25日)