『読売新聞』2007年9月15日付

大学の地域貢献(10)
産学官で遠距離連携


弘前大学(青森県弘前市)の教育学部食物学研究室には、東京・江戸川産の小松菜が冷凍保存されている。小松菜は、江戸川区内の地名から、江戸時代にそう呼ばれるようになった。いわば区のシンボル的存在だ。

研究室の責任者は、大学の産学連携担当理事でもある加藤陽治副学長(58)。青森の農作物研究の一環で、冬の一定期間、寒風にさらす寒締めの小松菜に甘みが増す仕組みを解明した経験がある。

ただ、それだけで、700キロも離れた本家の小松菜を研究することにはならない。きっかけは、3年前の国立大法人化だった。弘前大も東京事務所を設置、その分室が、ユニークな産学官連携組織「コラボ産学官」の事務局のあるビルに入居した。その所在地が江戸川区だった。

翌年、大学の関係者が区役所を訪ねた際、区側が農業分野での連携を提案。昨年4月、大学と区、区農業経営者クラブ、江戸川花卉(かき)園芸組合の4者が、江戸川産農産物のブランド化支援で覚書を交わした。クラブから出された要望が、江戸川産小松菜がおいしい理由の分析や、生で食べて安全であることの確認だった。

「地元の地域貢献にも努力してきたが、限界はある。貢献先は地元だけではないという意識は持っている」と加藤副学長。昨年度実績でも、大学との共同研究の相手先の半数近くは関東だ。外部から研究資金を得るには、活路を県外に求めざるを得ない。

遠距離連携をきっかけに、互いの農業者の交流が生まれれば、といった期待があることはもちろんだ。



2004年の国立大法人化に合わせて誕生したコラボ産学官は、全国の信金のネットワークを生かして、主に地方の大学と中小企業・行政との連携を図る組織だ。昨年7月にはファンドも誕生した。

信金出身で、コラボ産学官の収益事業を担う丹治規行社長(53)は「最先端はどこにあってもいいはずだ。信金の営業マンが間に入ってニーズを探せれば、地方にもチャンスがある」と今後の組織の発展に期待をかける。

弘前大学には、このファンドから資金を得たベンチャー企業も生まれている。医療用の画像処理や遠隔医療支援のシステムを開発・販売する株式会社「クラーロ」。遠隔地の医療機関からデジタル化した標本が送れるため、がんの診断で重要な病理医不足の解消という役割を担う。

こうしたベンチャーの支援にあたるのはコラボ産学官の青森支部だ。最初の地方支部として2年前に設立され、県内五つの信用金庫や、県内の企業約200社がメンバーになっている。

支部設立にかかわった、あおもり信金の建部幸一・業務部長代理が言う。

「青森県は製造業が少なく、連携がすぐ新しいものを作るという発想にはならない。私たちが相手にするのは零細企業が多いこともハンデだが、ネットワークも生かして産業構造を変えるお手伝いをしたい」

発言からは、地方経済の厳しさも伝わってくる。(中西茂、写真も)

コラボ産学官 朝日信用金庫(本店・東京)と電気通信大学(東京)の技術移転機関(TLO)である株式会社キャンパスクリエイトが中心になって作った。北海道から九州までの大学や大学関係機関計28と200を超える企業が会員。支部は青森、埼玉、千葉、熊本にあり、来月には富山にもできる。支部を加えると会員企業は1200以上になる。