『日本経済新聞』社説 2007年9月4日付

「天下り」学長で自立は可能か


前文部科学事務次官の結城章夫氏が9月1日付で山形大学学長に就任した。文科省の事務次官が監督下にある国立大学の学長に就くのは初めてである。国立大学は法人化されたから、経営の才に優れる人材を外部にも求め、学長に起用するのは当然のことである。しかし、 それが監督官庁の幹部となれば、やはり違和感は否めない。学長選を経ているとはいえ、「天下り」の印象も強い。かつての地位、権限に頼らぬ大学自立の道を開くのか、注視したい。

山形大が前事務次官を学長に選んだのは思惑があってのことだろう。 結城氏は学長選の投票結果では2位だったが、学部長や学外委員で構成する学長選考会議は1位の候補を外して結城氏を選んでいる。

国立大学はいま、改革を迫られている。基盤的経費として文科省が配分する運営費交付金は削減の方向にあり、再編統合の議論も起きている。特色を出せなければ大学は資金獲得が難しくなり、下手をすると生き残れない。だから、教育行政、助成制度に精通し、人脈もある官僚を切り札として選んだのかもしれない。

同大学は、がん治療に有望な重粒子線治療施設を計画している。国内3カ所目を目指すこの大プロジェクトを実現するため、大物官僚を学長に招いた側面もあるだろう。ただ、政府からの資金獲得を有利にしようと監督官庁の官僚をトップに据えるのであれば、公共工事の受注を有利にしようと企業が天下りを受け入れるのと何ら変わらない。

文科省が差配する科学技術関係予算は2007年度に約2兆3000億円。科学技術立国やイノベーション促進は政府の重点施策でもあるので、関連予算は増えるだろう。ただ、助成資金の配分も戦略拠点の選定も、審査過程は透明性が十分ではない。それだけ官僚や政治の恣意(しい)が入り込む余地があるわけで、利益誘導も癒着も、そして不正も起こりうる構図になっている。疑いがかけられることのないよう審査過程の透明性はもっと上げる必要がある。

山形大が助成で優遇されるようであれば、“天下り”学長は増えるだろう。できるだけ民間の資金を獲得して、大学の自立を促すという法人化の狙いも外れかねない。