『しんぶん赤旗』2007年8月17日付

軍事利用へ転換 宇宙基本法案 池内了総合研究大学院大学教授に聞く


宇宙基本法案が六月二十日、国会に上程されました。日本はこれまで、宇宙の利用を平和目的に限る「非軍事」の立場で進めてきました。同法案は、この「非軍事」の歯止めを取り外し、軍事利用に道を開くことになります。宇宙科学が専門の池内了・総合研究大学院大学教授に同法案の問題点を聞きました。(ジャーナリスト 松橋隆司)

―宇宙の軍事利用については、国際的にも国内的にも歯止めがかけられてきましたね。

池内 全ての技術は軍事利用にも民生利用にも使えるという二面性を持っています。弾道計算のために開発されたコンピューターは今や日常生活に欠かせないものになっています。

宇宙空間も巨大ロケットが開発されたことで、ミサイルや軍事衛星が飛び交う空間となりました。その一方で科学衛星によって宇宙の秘密がつぎつぎに解明され、人々の宇宙へのあこがれやロマンをかきたててきました。ロケット技術の二面性を示しています。

自民と財界

―そういうなかで、軍事利用の面が懸念されたわけですね。

池内 そこで一九六七年に国際的な宇宙条約が結ばれることになりました。月その他の天体は「平和的目的のため」に利用することと定められました。ただし条約で禁止しているのは大量破壊兵器だけです。そういう不十分さはありますが、国際的に技術の軍事利用の側面に歯止めをかけようとしたのは事実です。

―国内では?

池内 日本では宇宙条約の批准と宇宙開発事業団の発足に際して国会で議論されています。この結果、一九六九年に、「宇宙開発及び利用は平和目的に限り」とする国会決議が衆議院で採択されます。さらに参議院の付帯決議では、「かつ自主・民主・公開・国際協力の原則の下にこれを行うこと」としました。宇宙開発でも原子力基本法(一九五五年)の平和利用原則と同趣旨を貫こうとしたのです。つまり宇宙開発は「非軍事」であるべきだとする態度を堅持したのです。

―ところが、「非軍事」の歯止めをはずした「宇宙基本法案」が上程されました。

池内 法案でとくに問題なのは、目的を定めた第三条に「宇宙開発は、(中略)わが国の安全保障に資するように行わなければならない」として軍事利用に道を開くことを画策していることです。直接的には、解像度の高い情報収集衛星や早期警戒衛星の開発・保有を目指すとみられます。

―自民党や経済界は「宇宙利用の国際基準は『非軍事』ではなく『非侵略』だ」から日本もそうすべきだといいます。

池内 とりあえずは「非軍事」から「非侵略」への転換といっていますが、保安隊から自衛隊、そして海外派遣へと進み、防衛庁から防衛省へと格上げしたように、これまでと同じ手口でより攻撃的な軍事国家づくりを進めようとしていることは、疑いないことです。

―自民党を後押しした経済界のねらいは?

池内 一九九〇年に日米合意(いわゆるスーパー三〇一条)によって、衛星などの無差別入札方法が採用されたために、日本の宇宙関連産業が苦境に陥りました。日米の技術の差が大きいため入札に敗れ、日本の宇宙関連産業が壊滅的な打撃を受けました。その失地回復のために宇宙の軍事化に踏み込み「国は安定的な需要の創造などを通じて宇宙産業の国際競争力を強化」せよというわけです。なりふりかまわず国家に寄生しようとする経済界のあさましさを見る思いです。

―国際標準は「非侵略」といいますが、ヨーロッパ(欧州宇宙機関)は?

池内 ヨーロッパは「非軍事」の立場です。加盟国は議会の承認をとって、宇宙開発予算を分担しなければならないので、開発計画をオープンにして進めています。秘密を要する軍事利用は、制度的に不向きなのです。

国家機密に

―今回の法案と公開の関係は?

池内 法案では「宇宙開発に関する情報の適切な管理のために必要な施策を講ずる」としており、公開の原則を捨て去って秘密裏に宇宙開発を進める意図が明白に読み取れます。その行き着く先は、経済の軍事化と軍部の政治への介入であり、軍事機密という名の秘密主義の横行です。防衛省の発注となれば無差別入札ではなくなり、随意契約になります。つまり、日本の企業が独占的に受注することになり、確実に軍産複合体国家になるのが目に見えています。そして宇宙の軍事利用は国家秘密ですから、税金の無駄遣いをしても明らかにされないのです。

―法案の学術面の位置づけは?

池内 法案では国会決議にあった「学術の進歩」という言葉が総則から消えており、代わって「わが国の利益の増進」が三度も出てきます。国家の利益のために宇宙を利用しようという意図が露骨に表れており、国の品格が疑われます。

―法案では宇宙戦略会議を設置します。

池内 これまではオープンな宇宙開発委員会があり、学術免の意見が反映される仕組みがありました。宇宙戦略会議は内閣が主体ですから政治的判断が優先し、学術面の意見が反映されなくなります。

―やはり、日本は平和利用に徹するべきだと。

池内 世界がどうだから日本もそれに合わせろというのでは憲法も変えなければならなくなります。日本だけでも宇宙の平和利用に徹して人々に夢を送り続ける国であってほしいと思います。そのためには、自主・民主・公開の原則をもとにした健全な宇宙開発を続けることです。

宇宙産業のその方が真の実力を獲得できるでしょう。技術は公開してこそ発展するものだからです。逆に宇宙産業会が国家に抱えられて秘密裏に宇宙開発を進めても、将来的に商売になるほどの実力はつかないと思います。

いけうち・さとる 1944年生まれ。総合研究大学院教授。世界平和アピール7人委員会の委員。専門は宇宙論、科学・技術論など。著書に『禁断の科学』『転回期の科学を読む辞典』『寺田寅彦と現代』ほか多数。

宇宙基本法案の骨子

法案は1総則2基本的施策3宇宙基本計画4宇宙開発戦略本部5宇宙活動に関する法制の整備―の五章全三十五条に附則二条を加えた構成。

○宇宙開発戦略本部(本部長・首相)を内閣に設置、宇宙基本計画を作成する(一条など)

○宇宙開発は、わが国の安全保障に資するよう行わなければならない(三条)

○宇宙開発は、宇宙産業の技術力と国際競争力の強化に資する(四条)

○情報の適切な管理のために必要な施策を講ずる(二三条)

○法制の整備は国際社会におけるわが国の利益の増進と民間の宇宙開発の推進に資する(三五条)