『毎日新聞』2007年8月17日付

記者の目
山形大学長に前文科省事務次官の結城氏=釣田祐喜(山形支局)


◇「天下り人事だ」、批判続出−−「法人化」を問う試金石

山形大学の新学長に先月、文部科学事務次官を退任したばかりの結城章夫氏(58)の就任が決まった。

背景には、国立大学法人化による地方大学の厳しい現状があるといい、仙道富士郎学長が昨年秋、中央官僚としての能力を大学運営に生かしてほしいと、山形県出身の結城氏に就任を打診した。しかし、学内からは今も「天下り人事だ」という批判が噴出している。学長人事を巡る騒動を振り返ると、小泉内閣が学問の府に導入した競争原理のひずみのようにも思えてくる。

結城氏を含め4人が立った7月25日の学長選。投票の結果は、小山清人工学部長378票▽結城氏355票▽加藤静吾前理学部長56票▽中島勇喜農学部長9票だった。

翌26日、学部長や学外委員14人で構成する「学長選考会議」は非公開で協議し、「選挙はあくまで4候補から3人に絞り込む『意向聴取』」(坪井昭三・同会議議長)として、トップの小山工学部長ではなく、結城氏を学長に選んだ。

学長選に向けた公開討論会では、結城氏以外の候補から「天下りではないか」という指摘や疑問が何度も出た。これに対し、結城氏は「予算の権限を持つ役所が押し付けるのが天下り。私の場合は大学が選んだ。天下りには当たらない」と反論した。

投票では「反結城」票の一本化が行われた。最大の票数を持つ医学部などから推薦を受けた結城氏に対抗するため、他の3陣営は事実上、学内の教職員にメールや文書で、小山氏への投票を呼び掛けた。

それだけに、学内には今も「結城氏を選んだ理由が分からない」という不満がくすぶっている。元学長でもある坪井議長は記者会見で結城氏を選んだ理由について「視点が非常に広く、どうしたら山形大学を特徴ある大学に持っていくかをはっきり表明された点が大きく買われたのでは」と述べた。しかし、1949年の山形大開学以来、10代目の仙道学長まで、学内での投票結果が覆ったことは一度もない。

結城氏は新学長に決まった際の記者会見で、「科学技術庁や文部科学省で科学技術行政をやり、教育、研究のマネジメントはずっとやってきた。その知識や経験を生かす」と話し、中央省庁での経験が大学運営でも役に立つと話した。

だが、小山工学部長は「それは官僚の考え方。学問を知らない人が大学の経営をやることは非常に危険だ」と批判する。仙道学長が結城氏に候補者になるよう打診したことに対しても、学内からは「まるで同族経営の企業のようだ」という不信感すら出ている。

なぜ、こんなことになったのか。背景は、04年度の国立大学法人化だ。

国立大学法人の経営は国からの運営費交付金で支えられている。山形大の場合、財政規模の4割を占める約120億円が交付金収入だが、法人化の改革に伴い、このうち毎年約1%に当たる約1億円が削減されている。教職員の補充が抑えられ、各教員が講義で使う紙のプリント代や専門書の購入代などの研究費も抑え気味だ。ある男性教授は「法人化前に100万円近かった年間の研究費が今は24万〜5万円に減り、ショックを受けた」とこぼす。

仙道学長は毎日新聞の取材に「このままでは大学をつぶされる」と危機感を強調。結城氏を学長にと考えた理由を「行政の仕事をして大学の仕組みに精通している。経営を大事にする山形大のこれからの道にとってベストだと考えた」と説明した。

今、国立大学は運営費交付金の減額を、人件費や研究に使う物件費の削減でやりくりしている。文科省の担当者も「大学の規模によって体力差がある。小さな大学ではカバーしきれなくなっている」と窮状を認めている。人件費など最低限必要な財源を確保できるよう、10年度から交付金算定のルールを見直す方向で調整中だが、政府の経済財政諮問会議で九州の国立大学法人を統合する案をメンバーが提案するなど、国立大学であっても将来像は不透明だ。

結城氏はこれまでの所信表明や記者会見の場で、大学の具体的な将来像や施策については言及しなかった。全国の大学関係者がその動向を見守っている。学内の批判や不満に応えるためにも、大学をどんな方向に導こうとしているのか説明する責務がある。

小山工学部長は「いろいろな大学が文科省の次官や局長を迎え入れる悪い流れを作ってしまった」と悔やむが、今回の騒動は一地方大学だけの問題ではない。山形大の今後は「大学に活力を持たせるため」とした国立大学法人化の是非を問う試金石と言えるだろう。

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