『読売新聞』2007年7月13日付

教師力 大学編(9)
授業公開 根強い抵抗感


小中学校や高校で一般的な授業研究会が、大学でも広がる。

米国の四つの大学で計22年間教べんをとった経験を持つ山口大学(山口市)の松井範惇(のりあつ)教授(61)の授業「経済発展論」に緊張感が漂っていた。

「アジア通貨危機を、韓国ではなぜIMF(国際通貨基金)危機と呼ぶのか。調べてください」

学生に質問を投げかける松井さんと、相対する学生の表情を、3台のビデオカメラが追う。後列には十数人の教員が陣取り、授業や学生の様子を「観察カード」に細かく書き込んでいた。

山口大では1997年から教師力向上の取り組み(FD)を始めた。この日の授業は、その一環である授業研究会だ。「観察カード」には、参考になった点や疑問・課題が残った点を記入するが、批判するよりも、いい点を見つけて伸ばし合うことに重きが置かれている。ビデオは、欠席した教員も後日に見て勉強できるようにするためだ。

松井さんは授業後の研究会の場で、日本の学生が予習をせず、自主的に発言しないことに悩んでいることを打ち明けた。これに対し、「今の学生に意見を言わせるのは難しい」とこぼす声もあったが、「授業で、指名されたら『わかりません』と言うな、沈黙もダメ、とルールを決め、学生にも伝えている」と自身の工夫を披露する教員もいた。

「それぞれ悩みながら工夫していることを知り、勉強になりました」と松井さんは喜ぶ。



だが、こうした研究会の開催は難しい。大学教員にはもともと授業を公開することになじみがなく、同僚に意見を聞く習慣も根付いていない。FDの推進役でもある同大経済学部の柳沢旭(のぼる)教授(61)は「毎回、授業を公開する人を探すのに四苦八苦している」と明かす。しかも、授業に問題のある教員ほど参加しない傾向が強いという。

米国の大学では、教員の雇用契約と直結した「ピアレビュー」と呼ばれる授業公開がある。このピアレビューを何度も受けてきた松井さんは「日本の授業研究会は、授業改善を目的とした取り組み。もっと胸襟を開きあえばいいのに」と残念がる。

同大のFDは丸本卓哉学長(65)が農学部長だった時代から推し進めてきた。「まだ道半ば、60点ぐらい。地方の国立大学の存在意義を示すには、教師力の向上が不可欠だ」と力を込める。



一方、授業研究会がリストラの道具として使われている大学もあるようだ。

ある地方の私立大学の50代の男性教授によると、大幅に定員割れが続いたことを受け、経営陣は数年前、「大学に必要な教員名」を明らかにした。以来、授業研究会では、そこから外れた教員がターゲットにされ、年度初めに決めた授業計画と少しでもずれると学部長らから「授業担当能力がない」と厳しく注意されるようになったという。

こうした内情を明かす男性教授も、所属ゼミの学生の就職がふるわなかったこともあって最近、解雇通告を受けた。

FDは使い方次第でもろ刃の剣にもなると言える。(松本美奈、写真も)

ピアレビュー 雇用契約の更新の際に行われる授業公開。終身雇用がまだ主流の日本の大学教員とは異なり、米国の教員の多くは任期制。約半年間、学長や学部長、同僚教員、学生、さらに大学によっては地域住民、保護者までが参加して、授業内容や話し方などを細かくチェックする。その結果によって、契約更新の可否が決まる。