『朝日新聞』2007年7月9日付

大学院「3割枠」どう評価


政府の教育再生会議は6月の第2次報告で、旧帝大など10〜20の国立大の大学院について、自校の関係学部の出身者を3割以下に抑える方針を打ち出した。大学院進学時に大学を移るのが一般的な米国流を、約7割が同じ大学にとどまる日本の各校に突きつけた格好だ。「大学の自主的な選択」としてはいるが、数値目標まで掲げた「外科手術」をどう受け止めたか。3氏に聞いた。

◆押しつけでは逆の効果も 益田隆司(電気通信大学長)

今回の方針は私も以前から主張してきたことで、高く評価する。

日本の大学の最大の問題は学生に流動性がないこと。米国では大学院は学部と違う大学に進むのが常識だ。中国でも学部から大学院まで同じ大学にいるのを避けるよう配慮している。

一方、日本では学部、修士、博士と同じところで学ぶのがほとんどで、視野が広がらない。私も工学系から理学系に移って、考え方の違いに驚いた。人は異なる環境を経験することで触発され、成長できる。

ただ、「3割枠」を「上からの押しつけ」的に実施しても効果は上がらないだろう。現場では目標を達成するために、上位3割の学生を囲い込もうとするからだ。優秀な学生が動くことこそ大事なのに、逆の結果をもたらしてしまう。

希望する大学院に入れず、就職する学生も増えるだろう。理工系では就職する場合も修士課程まで進んで専門性を身につけるのが標準だが、その構造を壊す恐れもある。だから、まずは博士課程で実施するのが妥当だろう。

そこで、日本学術振興会の特別研究員制度の改革を提案したい。博士課程の学生に月に20万円支給する恵まれた制度だが、「学部、修士、博士と同じ大学にいる場合は応募資格なし」とする。さらに、対象者を現在の(全体の)5%程度から10%以上に増やしたい。これらにより、優秀な学生の流動性を抜本的に高めることができる。

◆奨学金改革で移籍を促進 有馬朗人(元東京大学長)

私も、大学院では同じ大学からの進学者の割合を5割まで下げるべきだと主張してきた。

学部、大学院とずっと同じところにいると、なあなあになって甘くなる。外に出れば本人も緊張した気持ちでいられる。若いうちは違う考えの人と付き合うべきだ。私も20代から40代のころ米国で研究と教育に従事し大いに刺激を受けた。「武者修行」は海外がベストだが、国内でもいい。

これまでも言われてきたことなのに、なぜうまくいかなかったのか。教員たちが、自分がかわいがっている学生を囲い込もうとしてきたからだ。学生の側にも、環境を変えたくないという気持ちがあった。国際競争の時代にそんなことを言っていては、日本の研究力が下がってしまう。

ただ、今回の方針を実現するにはお金をかけなければだめだ。まず、キャンパス内の宿舎を充実させる。米国では宿舎が充実しているので、私の場合も、家族が一緒でも非常に気楽に大学を移れた。

次に奨学金制度の改革。ずっと同じ大学にいると半減し、他の大学に移ると倍増するくらいでもいい。研究設備を充実させ、大学間の研究環境の格差を小さくすることも必要だ。

教員の採用では外部出身者の割合を高める。内部、外部、外国人で3分の1ずつが理想だが、少なくとも半分は外部と外国人にするべきだ。今は、ずっと同じところにいた方が採用でも有利になることが多い。それも変えるべきだ。

◆分野無視の規制おかしい 鷲田清一(大阪大次期総長)

学問には分野ごとに多様なカルチャーやアプローチがあり、訓練の仕方も違う。それらを考慮せず、一律に「3割以下に」というのはおかしい。

文系には、さらに大学ごとの学風がある。それは学部だけでなく、修士までいってようやく身につくものだ。流動性が大事だというのなら、修士課程ではなく、博士課程に進む段階で考えるべきだ。

そもそも文系の学問は研究室のチームプレーを重視する理系とは異なり、個人単位でやるもの。特定の大学の講座に所属するのは、そこで研究のスタイルを身につけるためだ。博士課程レベルになれば内部も外部もない。所属を移るより、自分で外にネットワークを広げていく方が大事だ。

私自身、所属大学には現象学の専門家がいなかったので、別の大学の専門研究者に指導を受けていたし、全国の若手研究者のネットワークを作って、そこから先端的な研究が芽生えた。

今回の方針には、実現のための方策が何も書かれていない。真に流動性を高めようというのなら、お金をかけて研究環境をもっと整備しなければ。学生だけに負担を押しつけるのは酷。むしろ教員の流動性を高める方が先だと思う。

阪大の対応はこれから協議するが、再生会議の報告にも「(大学の)自主的な選択により」とある。重要なのは、それぞれの大学がどのようなタイプの研究者を養成するのかを明確にし、それに沿った教育方法を磨くことだと思う