『毎日新聞』2007年6月27日付

キャンパスNOW:トップインタビュー 京都市立芸術大・潮江宏三学長


◇優れた芸術家、育成が使命−−学生3人に教員1人、少数精鋭の教育体制

◇日本最古の芸術系大学、逸材輩出

京都市立芸術大学は2010年に創立130年を迎える。日本で最古の芸術系大学で、唯一の国立芸術大学の東京芸大より7年も古い。歴史と文化の都・京都に蓄積された豊かな美の伝統を背景に、美術と音楽の両分野で優れた人材を輩出してきた。また、少数精鋭の高度な教育体制を基盤に、国際的な芸術文化の拠点作りなどさまざまな試みも進めている。4月に学内から24年ぶりに選出、就任した潮江宏三(しおえこうぞう)学長(西洋美術史)に、当面の課題や将来展望について聞いた。【聞き手は鈴木敬吾・毎日新聞学芸部長】

−−創立のきっかけは「都」としての危機感だったといいます。

◆遷都で「千年の都」は存続の危機に見舞われました。その時、財界人や文化人らが着目したのが織物など伝統産業とも関係の深い美術でした。そうした関係者の陳情によって京都府画学校として誕生しました。当初は京都御苑(ぎょえん)内にあり、様式や流派によって東西南北の四つの部屋に分かれていました。東は四条円山派、西が西洋画、南は南画、北が水墨画でした。建学の理念は優れた芸術家を輩出すると同時に産業界にも貢献することでした。

−−美術分野では、卒業生、教員らに文化勲章受章者が15人もいます。近年は音楽分野でも活躍が目覚ましいです。

◆文化勲章受章者は、古くは竹内栖鳳(せいほう)さん、上村松園さん、近くは秋野不矩(ふく)さんらがいます。文化、芸術の蓄積がある京都市の大学ならではのことです。音楽関係でいえば日本音楽コンクール、芥川也寸志作曲賞、レナード・バーンスタイン・エルサレム国際指揮者コンクールなど国内外の主なコンクールで多数の入賞者を出し、ここ10年ほどのレベルの向上には目覚ましいものがあります。

−−現在、国公立大学の独立行政法人化が進められています。大学運営の効率化や地域貢献の必要性が叫ばれていますが、芸術の研究・教育の効果は、本来、計量しにくいものだと思います。

◆確かに難しい問題です。特にその効果が短期的に得られるものは少ないからです。しかし、芸術活動の成果について、見せ方や強調の仕方が下手だったと反省もしています。これからの大学のあり方を考える時、優れた芸術家を育てるだけではなく、大学として地域社会にとけ込む機会を積極的に作っていく必要があります。

既に音楽学部は04年度から「響/都プロジェクト」と名付けた出前コンサートを、京都国立近代美術館などで定期的に行っています。美術学部も昨年度から絵画、版画、彫刻、陶磁器、染織など多彩なテーマを教員が市民を対象に指導する「京都芸大サマーアートスクール」を始めました。

−−京芸の大きな特色は、少人数による高度な教育研究体制です。

◆学生3人に教員1人の割合なので、中身の濃い丁寧な指導が可能です。美術、音楽の両学部に修士と博士課程の大学院を備えています。また、京都という特性から、海外からの留学生、中でも中国、韓国などアジア地域の学生が多いのも特徴です。レベルの高い大学院として海外でも知られるようになっており、アジアにおける芸術教育の拠点、ハブとなることを目指しています。

−−芸大を出ても、プロとして生計を立てられるのは一握りです。芸術系大学は、ある意味では、罪作りなことをしていると言えます。

◆確かにそういう面はあります。ですから、就職セミナーを開くなど一般企業への道を開く現実的な態勢作りもしています。しかし、芸大の使命、理想は、あくまでも優れた芸術家を育て芸術文化の創造に寄与することです。その意味で、学部では芸術家を志す心構えを形成し、大学院はプロの芸術家になるための意識を養うという位置づけをしています。

−−改めて伺います。大学運営だけでなく、地方自治体運営の効率化が言われる中で、芸大を一自治体が持つことの「そもそも論」が問われていると思います。芸術とは非効率的なものだからです。どんな将来像を描いていますか。

◆昨年、「京都市立芸術大学の将来に向けて」と名付けた大学の将来構想を公表しました。京都の芸術文化創造の基軸としての役割、世界水準の芸術創造のための施策など七つの展望を打ち出したほか、高等教育研究機関としての環境の充実、開かれた大学のあり方などを掲げました。本学として初めて京都市に出したメッセージで、市民との約束と考えています。

私たちは京都の芸術文化に果たしてきた役割に誇りをもっていますし、その役割を今後も果たし続けます。設置者である京都の市民の方々に、あって良かったと感じてもらえ、誇りに思ってもらえるような存在でありたいと願っています。

−−独立行政法人化をどうとらえていますか。

◆自由度が増したり、外部資金の導入が容易になるなどのメリットが言われています。医学部や工学部を持つ規模の大きな大学ならそうかもしれませんが、本学の場合は財政面でもかなりの負担がかかり、現段階では積極的には考えていません。

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◇京都市立芸術大学

 1880年に日本初の公立の絵画専門学校として創設。その後、京都市立美術大になり、1969年に京都市立音楽短大と統合し現在に至る。美術学部は美術、デザイン、工芸、総合芸術学の4学科。音楽学部は音楽学科。それぞれに大学院を設置。学生数は両学部・両院で計1016人。英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アートやドイツのブレーメン芸術大学など一流芸大と交流協定を締結。日本の伝統文化を音楽、芸能の面から研究する「日本伝統音楽研究センター」、卒業作品や美術工芸に関する貴重な資料などを収蔵した「京都市立芸術資料館」を併設。