『朝日新聞』2007年6月14日付 私の視点

 医師、元東大医学部教授 柴田 洋一
 ◆国立大病院改革 文科省の実質支配が問題だ


安倍内閣は「教育再生」を最重要課題として教育再生会議で審議を開始した。しかし私は、それより以前に教育行政を担当する文部科学省の適格性こそを、まずは検証すべきだと考える。以下の事例を経験し、その非民主的な行政手法や隠蔽体質を痛感したためだ。

02年3月に国立大学病院長会議から国立大学病院の合理化案である「提言」が発表された。その中で焦点になったのは、輸血部や薬剤部、臨床検査部といった中央診療部門のリストラだった。同部門はチーム医療の質を保持するために重要な基盤部門だが、提言では「専任教官を置かなくてもよい」などとしたため、猛反発が起こった。折しも、薬害エイズ事件への反省から血液新法の法案が審議され、輸血医療の重要性が唱えられていたころである。とりわけ日本輸血学会は「専門家を養成できなくなる」「医療の国際的常識に反する」と強く批判した。

輸血医学が専門の私も国民医療に重大な悪影響を及ぼすこの提言に抗議し、02年末に東大医学部教授と東大付属病院輸血部長の職を辞した。そして03年1月、病院長会議の議事録を情報公開請求した。会議に出ていた文部官僚が提言作成を誘導したとの疑いを持ったからである。しかし同年3月、「記録はない」として不開示決定通知を受けた。

文科省は、国会議員の質問主意書への答弁書などでも「記録はない」と説明していた。だが03年4月、その存在を週刊誌が暴露。ここにきて当時の遠山敦子文科相は議事録の存在をようやく認めて国会で陳謝し、虚偽答弁書作成の責任で同省の官僚7人を処分した。その後、私は入手した議事録を読んで、文部官僚が「まだまだ実弾が入っていないので込めてもらわなければならない。検討が足りない部分について記載させていただいた」などと発言し、会議を誘導していった過程を実際に知った。だが文科省は、03年5月に再提出した政府答弁書でも「官僚の関与はない、提言は病院長会議が自主的に作ったものだ」と主張、国会審議は幕引きされてしまった。

私は「議事録隠しの不開示決定は情報公開法違反」として提訴した。そして、今年3月の東京高裁判決を受けて私の勝訴は確定した。判決文は「会議の後半以降、文部科学省が会議を主導していったこと、同省の意図が本件提言の内容に一定程度反映されていることが認められる。(中略)同省ないし医学教育課としては、本件議事録が公にされ、本件提言策定の過程が明らかにされることは避けたいとの意向を有していたことがうかがわれる」と認定している。ところが、この判決後も同省は説明責任を全く果たしていない。

文部官僚の主導を許した背景には、予算配分権を握る文科省による国立大学の実質支配がある。法人化後も国立大学は同省の事務官を受け入れているばかりか副学長や副院長などに昇格させている。同省が大学を評価し、交付金を決める権限を握っているためだ。

こうした構図にメスを入れない限り「教育再生」はあり得ないと考え、あえて問題提起する次第である。